3月、嫌いなんです。立向居がそう言ったのはいつの事だったか。先月か、出逢った頃か、あまつさえつい昨日のメールでの言葉だったような気がする。その時は(へえ、そうか)だなんて流していたけど俺はいまさらになってその意味を理解した。並ぶパイプ椅子。その前に座る1、2年生。眠たそうに目をこするものもあれば笑顔でお喋りをするひとも早くも涙ぐんでいる生徒もいる。ああ、そうか。今日は、卒業式だ。







「綱海、さん」






 電話越しから聞こえる力無い声。鼻を啜るような音。俺は両手一杯に抱えた花に鬱陶しさを感じながらも携帯を片手で開き「もしもし、」返事をした。立向居はもういっかい鼻を啜るとすぐに声が帰ってきた。






「つなみ、さ」

「立向居?そっちも卒業式終わったのか?」

「え、あ。はい!いまさっき先輩方をみおくって、来たところ、です」

「そっか、俺も今終わったところ」

「えっと、その」

「…卒業おめでとうとか言ってくれねーの?」

「えーっと、お、おめでとうございます!」






 「おめでとう」というたった5文字の言葉を吃る立向居に少しだけ意地悪く聞いてみた。今日の立向居はいつもの何倍も「えーっと」を使う。おれはそんな立向居にちっとも煩わしさなんて感じずむしろかわいくてかわいくて仕方がないくらいだった。単純であれば単純であるほど、からかいがいがあるというものだ。







「立向居」

「は、はい」

「それだけ?」








 おめでとう、だったらメールでも出来る。立向居がわざわざ電話してくるだなんて、きっとそれ以上になにかがあるに違いない。別に確証があるわけではないけれど、おれはそう踏んだ。






「え、っと」

「うん」

「綱海さんが高校生になっちゃったら」

「うん」

「忙しくて、勉強も、たくさんで」

「うん」

「も、もう、会えなくなっちゃうのかなって、思っ、て」

「うん」








 次第に立向居の声は喉を詰まらせるようにか細くなっていく。それは確かに震えていた。こんな状態で平然と頷く自分に少し感心しながらもおれは途切れ途切れの立向居の声を一生懸命聞き取ることに必死だった。ばあか、なんで卒業しないやつが泣いてるんだよ。そういうおれに立向居は「だって」と言う言葉を何度もリピートした。春になったらまた会えるよ。そんな立向居におれはゆっくりそう言った。きっと、会える。おれはそれを確信していた。だって3月が別れの季節なら、4月は出会いの季節だろう?笑うおれに、今度は嬉しそうに泣きながら立向居は「はい」と呟いた。













20100705





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