「しん様が居ないならこんな世の中、生きる価値がないですわ」とあいちゃんは微笑んだ。彼女は俺に幼稚園のころから片思い中だという。ひいふうみい、12年か。とんだ純愛だと俺は缶コーヒーを開けながら笑った。俺には、絶対無理な行為である。





「あいちゃんはなんでそんなに俺がすきなの」

「さあ、わかりませんわ」

「じゃあ、なんですきになったの」

「意地、ですわね」

「意地?」




 運命を感じたの!とか昔ネネちゃんとしたおままごとみたいなベタベタで嘘くさい言葉を想定していた俺は目を丸くした。意、地か。非常に彼女らしいといえば彼女らしいが。





「幼稚園でわたしに落ちなかったのは、しん様だけでしたのよ」
「あい、もう飽きたからあの幼稚園、やめようと思っていた頃でしたの」
「しん様ったら、子供には興味ないって、わたくしに見向きもしないで、知らない女の人のところに行ってましたわ」

「…今もその状況は、全くかわらないけれど」




 あいちゃんは寂しそうに笑う。そしてゆっくりとくちびるを落とした。長い髪がサラサラ音をたてる。これは俺からも行動を起こしたほうがいいかとあいちゃんのシャツに手をかける。真っ白な首が眩しい。あいちゃんはゆっくりと俺の頬を撫でて「今は駄目ですわ」と意地悪く笑った。柔肌が目の前にあるにも関わらず駄目なんて、生殺しにもほどがある。





「…あいちゃんはシたくないの?」

「したくないといえば大嘘になりますわ」

「じゃあ、」



 やろうよ。言いかけるおれの口をもう一度その唇で塞いだ。甘い吐息が伝わってくる。薄く瞼を開くとやたらといやらしい顔をしたあいちゃんがそこにいた。ほんとは、セックスしたくてしたくて仕方ない癖に。俺はあはは、声を出して笑った。するとあいちゃんは隣にちょこんと座り込み微笑んだ。




「セックスをして、いまの関係が崩れるのが嫌なんですの。」

「あい、結構今の現状が気に入ってますのよ?」





 そう言う横顔はいつにも増して綺麗だった。成る程、俺もそうかもしれない。なんだかんだで俺はあいちゃんが、すきなのだ。それが愛か友情かなんて17歳の俺には解らないけれど確実に感じてる事がひとつある。それはまったくたしかなことだ。





「俺、今あいちゃんがすごく愛おしいよ」






 そういう俺にあいちゃんは戸惑う様子もなく「あら、偶然ですわね。」と続けた。そして「あいもしん様がすごく愛おしいですわ」とまた笑った。しだいに俺も穏やかな気持ちになる。これが恋なのかな、俺はゆっくりコーヒーを口に含んだ。










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