十八話


「ゲームセット! ウォンバイ忍足!」

 審判の声に、ギャラリーの歓声が上がる。当の忍足くんはというと、変わらず涼しそうな顔をしている。手を叩きながら忍足くんを見つめていると目があって、一瞬柔らかく笑ってくれた気がした。
 氷帝学園の文化祭は三日間ある。昨日が模擬店で今日が模擬店と運動部のエキシビションマッチ、明日が文化部の発表と後夜祭。忍足くんはたった今、自分の試合で勝ったところだった。

「よかったじゃん、忍足」
「うん! すっごくかっこよかった〜・・・」
「でも、本番はこれからでしょ。行ってきな」
「・・・うん!」

 リカちゃんに背中をぽんと軽く叩かれて、頷いた。今日はこのあと、忍足くんと文化祭を回ることになっている。
 コート脇を抜けて行って、待ち合わせにしていた中庭に急ぐ。ふんわりと金木犀の甘い香りがして、心地良い。中庭について、あたりを見回して忍足くんを探していると、後ろから肩を叩かれた。

「お待ちどおさん」
「ううん! 私も今来たとこだし。・・・試合お疲れ様、忍足くん」

 振り返った先にいたのは忍足くんで、おおきにな、と優しく頭を撫でられた。・・・撫でられるの、未だにそわそわする。試合終わりに急いで来てくれたみたいで、忍足くんはもう制服に着替えていた。

「ほな、行こか。なんか気になっとるもんとかあるん?」
「えっとね、B組のクレープ食べたいなって」
「ええで、B組な。甘いもん好きなん?」
「うん。甘党気味なの」

 隣を歩いてるだけで、ドキドキする。なんだかデートみたいで・・・男の子と文化祭回るのなんて、初めてだ。

「・・・どないした?」
「え、あ、ううん! 男の子と文化祭回るとか、初めてだなあって」
「そうなん? 別に緊張せんでもええんやで」
「ふふ、ありがとう」

 緊張しなくてもいいって言われても、そんなの無理な話で・・・なんでもないよう装ったけど、やっぱりドキドキするし、落ち着かない。変に見られないように取り繕うのが精一杯なのに、忍足くんは打って変わって涼しそうな顔をしている。慣れてるんだろうな。



「チョコバナナクレープお願いします! 忍足くんは食べる?」
「ん、俺はええよ」

 クレープ屋さんの屋台でクレープを受け取って、座る場所を探してのんびり歩いた。途中で忍足くんが焼きそばを買って、ちょうど二人分空いていたベンチに座る。クレープの盛り付けが可愛くて、スマホで写真を撮った。早速クレープを一口かじると、甘さが口の中に広まって思わず顔が緩んだ。

「ホンマに甘いもん好きなんやな」
「うん! もういくらでも食べられちゃう。忍足くんはあんま食べない?」
「せやな、嫌いっちゅうわけやないんけど、あんま好んで食べへんかな」
「そうなんだ。なんかそんな感じする」

 買ったクレープはクリームが結構多くて、甘党の私には最高のご褒美だ。唇についた生クリームをぺろりと舐めて、ふと周りに視線を移す。文化祭は大盛況で、他校の一般参加のお客さんもたくさん来ている。お祭りみたいな賑わいで、さすが氷帝だな、と思う。わたしも去年、友達と遊びに来たもんなぁ、懐かしい。忍足くんと二人で居るの、ちょこちょこ見られている感じはしていたけど、外部の人や学年も入り乱れているから、いつもよりは視線の痛さを感じなかった。とはいえやっぱり目立つから、あの人かっこよくない?なんて女の人の声が聞こえたりもするけれど。

「みょうじ、クリームついとるで」
「え、本当? えっと」
「ここ」

 少しよそ見をしていたから、本当に不意打ちで。忍足くんの手が私の口元に伸びて、軽く指で撫でられる。離れた忍足くんの指先には、少量のクリームがついていた。

「今俺とおるんやから、あんまよそ見せんといてな」
「え・・・あ、うん・・・っ」
「ん、甘いな」

 指についたクリームをぺろっと舐めた忍足くんの舌と、ばっちり合わされた視線に、まさに心を射抜かれたような感覚になってしまって。自分でもわかるくらい顔が熱くなる。ドキドキするのとどうしたらいいのかわからないのとで、視線を下げた。なんだかもう、お腹いっぱいだ・・・。
 そう思いつつも、残りのクレープも食べきって、忍足くんも食事が終わってからまた二人で回ってみることにした。他愛ない会話でも、忍足くんとなら楽しくて。目的もなく歩いてるだけでも、忍足くんと居るだけで、楽しかった。

「あ、落ちたで」
「わ!ごめん、ありがとう」

 スマホに付けていた、ペンギンのキャラクターのキーホルダーが外れて落ちてしまったのを、忍足くんが拾ってくれた。最近金具が弱くなっちゃって、取れやすくなってしまったのだ。気に入ってるんだけどなぁ。取れにくくできないかなあ、なんて考えつつ、とりあえずスマホに付け直す。

「明日って、文化部の発表だっけ?」
「ああ、演劇部とか吹奏楽部とかの発表会やな・・・一緒に見る?」
「うん、見たい」

 優しい声色に、嬉しくなる。こうして誘ってもらえることが嬉しくて。こんなふうに忍足くんと二人で過ごせるなんて、夢みたい。相変わらず胸はドキドキしっぱなしだけど、幸せで胸がいっぱいだった。


 翌日、三日目。文化部発表会のため全校生徒が一斉に体育館内に集められる。さすがのマンモス校らしく、全校生徒ともなるとすごい人数だ。

「文化部の発表って初めて見るなあ」
「そうなの? 合唱部とか夏に全国行ってるから結構すごいよ。吹奏楽は私たちのクラスの人多いし」
「そうなんだ」

 右隣に座るリカちゃんはそう言うと、持っていたパンフレットを見せて教えてくれた。確かに、知っている人が多い。
 座席は自由席で、みんな思い思いの席についている。私の右隣はリカちゃんで、左隣が、忍足くんだ。

「忍足くん、何かおすすめとかある?」
「おすすめ、なあ。演劇部の舞台は毎年結構見応えあるで。今年はシンデレラやる、言うてたなあ」

 私の隣側には、忍足くんに向日くん、その向こうにはテニス部の子達が並んでいた。冷静に、すごい席座ってるなあ、私。

「これ終わったら、後夜祭やな」
「う、うん。・・・なんか、緊張してきた」
「練習通りやれば大丈夫やて。ちゃんと俺がリードしたるから」

 そう言って表情を柔らかくする忍足くんに胸がきゅんとした時、館内の照明が暗くなる。文化部の発表が始まった。
 演目が進み、第四演目目に忍足くんが言っていた演劇部の発表が始まった。継母と義姉たちにいじめられていたシンデレラが、魔法でドレスアップして舞踏会に参加して、王子様と出会う・・・王子様を一目見て好きになるシーンに、入学式で忍足くんに出会った時のことを思い出した。かっこよくってドキドキして、私にはまさに王子様として目に映ったから。
 シンデレラが王子様と舞踏会で踊り始めて、後夜祭のことを思い出す。練習は何回もしたけれど、改めて緊張してしまう。私はお姫様なんて言えるような子じゃないけれど、忍足くんは私にとっては王子様で。踊っている二人を自分と忍足くんに重ねてしまって、うっとりした。こっそり、横目で忍足くんの方を見る。綺麗な横顔、切れ長の目。忍足くんは、何を思ってるんだろう。ガラスの靴を落としたシンデレラ、それを追う王子様。もし、わたしがガラスの靴を落としたら、拾ってくれるかな。




「ほな、後で校庭で落ち合おか」
「うん。片付け終わったらすぐ行くね」

 文化部発表も終わり、文化祭ももう残すところは後夜祭のみとなった。後夜祭はこれから二時間後で、それまでに各クラス模擬店などの撤収作業の時間となっている。
 教室内の内装やゴミの処理、掃除くらいで、部活動で抜けてる人たちがいるとはいえクラスみんなでやれば二時間もかからない。わたしは周りを手伝いながらも、頭の中は後夜祭のことでいっぱいになっていた。

「みょうじちゃん、みょうじちゃん!」
「ふえっ!? あ、はいっ!」

 すっかり上の空だった私は、クラスの子に話しかけられていたのに気が付かなかった。ビクッとして振り返ると、彼女は段ボール箱を一つ持っていた。

「申し訳ないんだけどね、これ隣の校舎の準備室に持ってってほしいの。わかるかな、一階の」
「あ、うん! 行ったことあるよ」
「よかった。お願いしていい? 私部活の方行かなくちゃいけなくて」
「大丈夫だよ! よいしょ、っと」

 じゃあお願いね、と彼女に手渡された段ボールはそれなりの重さで。教室内の様子を見るにもう片付けも終わりそうだから、私の仕事もこれで最後になりそうだ。サクっと置いてきてしまおう。早速私は教室から出た。

 クラスの教室がある校舎は人で賑わっていたけれど、隣の校舎は打って変わってとても静かだった。私達の教室は三階で、そのまま渡り廊下を渡ってから目的地の準備室に向かうため階段を降りることになる。段ボールのせいで足元が見えづらいから慎重に降りなくては。そう思ったときだった。

「・・・きゃあっ!!」

 突然背中を思いっきり突き飛ばされて、視界が急激に傾く。手に持っていた段ボールは手放してしまい中身がはじけて、私の身体はバランスを失って転がり落ちた。





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