十七話


 体育祭が終わり、十一月に入ってあっというまに文化祭前日。今日は運動部も部活動は休みで、各クラス文化祭準備の最終調整に入っていた。校門には既に大きなアーチが建てられている。生徒達は教室での飾り付けやらなんやら、あちらこちらへと歩き回っていた。
 俺のクラスはたこ焼き屋で、クラスでの準備は教室の飾り付けや最終確認くらいやった。せやけどその後、なかなか上手く作れへん調理係メンバーがおるっちゅうことで、ギリギリまでその調理指導に付き合わされとった。別に関西出身やからって、めちゃめちゃ作るん上手いとかやないんやけど。他に教えられる程できるやつがおらんから、って付き合わされたわけや。やっとまともにカタチになって、たった今解放されたところ。
 窓の外は綺麗な夕焼け。オレンジ色が差し込んだ廊下を、作り過ぎた不細工なたこ焼きの入った袋を下げて、小走りで通り抜けて行った。

「すまん遅なっ、た・・・」

 勢いよく音楽室のドアを開くと、待たせていた女の子が一人。空いた席に座ってと机に頭を寝かせて、すやすや寝息を立てている。

「・・・寝とる」

 文化祭前日、今日が社交ダンスの練習ができる最後の時間やってことで、みょうじとクラスの用事が終わり次第、音楽室で最後の練習をする約束になっていた。それやのに俺の用事が長引いてしまったせいで、待たせてしまった。
 窓際の席寝ているみょうじを起こさないように、そっと隣に座った。窓から差し込むオレンジ色に染まったみょうじの寝顔を眺める。

「・・・綺麗や」

 自然と、口からこぼれた。白い肌に、長い睫毛。こんなに近くで見るのは初めてや。寝息を立てている唇は、薄く色付いた薄紅色。・・・柔らかそうなそれを見ていると、思わず確かめたくなる。

「・・・ん、うん」
「!」

 みょうじの声を聞いて、ハッとした。みょうじがもぞもぞ動き始める。目が覚めたようだ。寝とる子見て何考えてんねん、俺。いやでも、好きな子相手やったらそういう思考に向くのも男としてはむしろ健全なんじゃ、

「・・・ふえっ、忍足くん!?」
「あぁ、おはようさん。気持ち良さそうに寝とったで」

 思考を読まれないよう誤魔化すようにして、遅くなってゴメンな、とみょうじの頭を撫でた。サラサラの柔らかい髪が心地良い。夕焼けのオレンジ色がかかっているのに、みょうじの頬が染まっているのがわかって、ますます口許が緩む。

「ごめん、ついうとうとして、その、変な顔してなかった・・・?」
「してへんしてへん。なんの心配やねん」
「だ、だって寝顔とかすっごいマヌケな顔してなかった?! よだれ、は、垂れてないけど、その」

 寝顔見られとったんが恥ずかしかったらしく、膝を立てて顔を埋めた。そんな仕草も可愛い反面、その丈のスカートでそんなことされると、目のやり場に困るっちゅうか、なんちゅうか。真っ白な太腿を視界の端に捉えて、意識的に目を逸らした。あー、あかん。アホか。

「ん、いいにおいする」
「あぁ、せやった。俺んとこのクラスたこ焼き屋やねん。練習で作ったやつ持ってきたんやけど、食わへん?」
「え、食べる! いいの?」
「ええよ、形はあんま良く無いねんけど」

 たこ焼きを袋から出して、あらかじめ用意しておいた割り箸を手渡した。ニコニコしながらたこ焼きを頬張るみょうじを見て、心が和んだ。
 放課後、綺麗な夕焼けに染まる教室で、二人きり。そんな今のシチュエーションに、以前読んだ小説を思い出す。恋愛物の、超純愛系。まさか自分がこんな恋愛するとは思わへんかった。所詮、現実と理想は別物だと、端から諦めとったんやと思う。でも今回ばかりは違う。触れそうで触れられない距離がもどかしいけど、こんな関係も悪くないと思うんや。勿論、ずっとこのままでいたいわけあらへんけど。

「文化祭、たのしみだね」
「せやな。みょうじんとこは何の店やるん?」
「ホットドッグだよ。明日一番最初の当番なんだあ」
「そうなんや。せやったら、買い行かなあかんわ」
「美味しいからね、絶対きてね」

 ニコニコ笑うみょうじを見て、こちらまで口許が緩む。嬉しそうにニコニコ笑う、みょうじの笑顔が好きや。告白する社交ダンスの本番まであと少し。あと少しだけ、この関係を楽しもう。そう、思っていた。




 翌日、文化祭一日目。俺は岳人を連れて、みょうじのクラスのホットドッグの屋台に訪れていた。店番をしているみょうじは忙しなくしているものの、俺に気づくとぱっと明るくなって、手を振ってきた。・・・可愛い。

「忍足くん向日くんいらっしゃい。二人だったらおまけしちゃう」
「なまえ、おまけ何人目よ。そろそろ怒られるよ」
「あーリカちゃんごめんー、これ最後だから」

 ニコニコ笑うみょうじは楽しそうに、メニューを俺達に説明してくれた。ほんまはホットドッグなんてどれでもええんやけど。

「俺ケチャップ多めがいい! あとポテト!」
「おっけ、忍足くんは?」
「ん、俺も同じにしよかな。ケチャップは普通でええよ」
「はーい!」

 注文を取ると、屋台の奥で調理しているメンバーに注文を伝えに行った。楽しそうやな。そう微笑ましく思っていると、横からじっと視線を感じる。

「・・・なんやねん」
「別に?」

 岳人は何か言いたげな様子でこちらを見ていた。なんやねん。絶対別にやあらへん。もう一度聞いてやろうかとした時、みょうじが料理を持って戻って来た。

「お待たせー! 熱いから気をつけてね」
「おっうまそー!」
「おおきにな」

 アツアツのホットドッグを受け取り、お代を払った。具材が結構ボリューミーなのは、さきほど言っていたおまけ、かもしれない。

「忍足くんのとこのたこ焼きも、あとで買いに行くね。向日くんとこの焼きそばも」
「ん、ありがとうな。今日の昼過ぎから当番やから、混んでそうやけど」
「並ぶよー。昨日食べたのもすっごい美味しかったもん」

 岳人は先行ってるぞ、と言って先に歩いて行った。・・・気ぃきかせたんかなんなのか。気遣いを無駄にしないよう、言おうと思っていた事を口にした。

「なぁ、明日てなんか、予定あるん?」
「え、特には・・・」
「せやったら、明日一緒に回らへんか? 文化祭」
「い、いいの? 忍足くん、確か試合・・・」
「あぁ、エキシビションマッチな。それ終わった後暇やねん。良かったら、思てんけど」
「う、うんっ! わたしでよければ、ぜひ」

 嬉しそうに笑うみょうじをみて、顔が緩む。断られたりせえへんとは思っとったけど、やっぱり嬉しい。もっと話したい、と思うんやけど、そろそろ岳人んとこ戻らなあかんし、周りの目も気になってきた。まあ、俺は別にええんやけど。

「ほな、そろそろ行くわ。・・・明日の試合、応援来てや」
「うん! 全力で応援する」

 笑顔で手を振る姿もまた可愛くて、名残惜しくなる。こちらからも手を振って、その場をあとにした。




「・・・なんや、その顔」

 ベンチで待っとった岳人は、ニヤニヤを隠さないような表情。俺が来るなり、ぐいっと顔を近付けてきた。

「なんやじゃねーよ、随分長かったじゃねーか」
「まあな」
「ったく、気付いた途端グイグイ行くなーお前。まー頑張れよ」

 そう言った岳人は肘で俺の肩を小突いた。フッ、と笑いが漏れる。

「当たり前やろ」





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