自分の周りにかっこいいと称揚されている女子というものは存在していないだろうか。
平均より背が高くてアルトの少し低い声。何かしたら誰かが付いてくる姉御肌。そんでもって力も申し分ない。付き合って欲しいと女なのに思ってしまうような女子が。
まぁ。私はその部類のど真ん中に位置する人間なのだが。背は168あるし体型も発育は悪い。はっきり言ってぺったんこ。声も低いし女の子の後輩に告白された回数は数知れず。端から見れば羨ましいなどという感情が沸き起こってくるらしいが私は違う。
だってこんな身長で何が得だというのだろうか。小さい方が可愛いに決まっているしこんな身長じゃ恋愛だってろくに出来やしない。みんなの勝手に作り上げた王子様の様なキャラのせいで私の恋は何度粉砕したことか。
好きだと告げる前に終える悲しい恋を私は幾度となく体験してきた。
絶対私はこんなスカートなんかよりも彼等が着ているブルーのブレザーの方が似合うんだろうな。
可愛らしい洋服が並ぶショップのガラスに写った私には自分で見たって可愛いなんて言葉とはかけ離れているとよくわかる。
今更漏れる溜息なんてものはなく口元に緩い自嘲じみた笑いを浮かべて再び前を向いた。
可愛くて小さい女の子と男。同じ立海大附属の制服を着たカップルがなんだか羨ましかった。
空は日が傾き既に星もちかちかとちらついていた。こんな日は外にいるとろくなことがない。さっさと帰ろう。そう思ってストライドを大きくした。




「お。苗字だ」

「………」

「んな露骨に嫌そうな顔すんなよな」

「切原…」

「よ。」




歩道と車道を遮るガードレールの向こう側からは同じクラスの問題児の切原が自転車のスピードを緩めて楽しそうにこちらに手を振っていた。こいつは私を女版真田副部長と称した失礼極まりない男だ。髪の毛はウネウネだし体も細っこいがテニスの全国区プレーヤーらしい。名だけは有名だ。色々と。




「なんか、用?」

「用がなきゃ話しかけちゃダメなんて決まりねぇだろ?」

「そうだけど」

「…なぁ。ちょっと付き合ってよ」

「嫌。」

「えぇー。付いてきて来んないと俺、とんでもないことしでかしちゃうかも」




えへへ。と私が断れない方向に話を持って行く切原。なんとなく額に青筋が立ったのが分かったが問題を起こされたらたまったもんじゃない。と渋々ではあったが切原の後ろを付いて歩いた。




「なぁ」

「何よ」

「こういう時って普通自転車の荷台に座るだろ?」

「…私重いし」

「テニス部ナメんなよ!?」




有無を言わさぬスピードで私の鞄を奪い取りカゴに乗せ、私を荷台へと招いた。




「そのかわり鞄持ってな」

「…わかった」




もうこうなったらやけだ。重いの一言でも発したその時がお前の命日だ。よいしょとテニスバッグとやらを担いで荷台に跨れば切原は満足げに出発!と声を出した。
自転車は思いの外するすると発進した。テニス部ナメんなと言うのはあながち嘘ではないらしい。
さて。今からどこに行くのだろうか。切原のことだからゲーセンかラーメン屋が無難であろうと睨んでいたのだが切原は両方全力で過ぎ去り、ストリートテニスコートの前で自転車を止めた。




「テニスコート?」

「ちょっとやらね?」

「ラケット持ってないんだけど…」

「ラケットくらい貸すぜ?ほんとはローファーとか駄目だけどストリートだからな。ほい」

「…は?なんでジャージ?」

「はぁ?スカートはまずいだろ」




切原からは真っ赤なラケットと黄色…芥子色のジャージのズボンが手渡された。
私の下着やら足やらは見たくないと。はぁと一回ため息を付いてからジャージに足を通したがサイズはぴったりでなんだか悲しくなってきた。
スカートにジャージという異様な格好で暫くテニスをしていたが私がどんな変なところに打ったって切原は上手いこと帰してくれるから意外と楽しかった。
休憩。とベンチでくつろいでいれば横からスポーツドリンクが手渡された。




「なかなか上手いな」

「切原が全部返すからね。」

「でも腕ほっそいな」

「…他の子に比べたら細くない。よ」

「そうか?」

「切原だって同じ背丈だしね。私のことだって男友達だと思って…」

「あんたさ。本気で言ってる?」




ぞわりと背筋が凍ってしまいそうだ。今の切原はそんな目をしていた。なにかまずいことでもいっただろうか。
何がなんだか全然分からなくてとっさに苦笑いを作れば私の視界は一気に暗転した。
今まで視界の隅の方にあったはずの夜空と隣にいたはずの切原が私の視界を支配していた。




「男友達…?よく言うぜ。力だって無いくせに」

「き、り、はら…」

「身長なんてすぐに俺が追い越すんだよ」

「あの」

「好きじゃなきゃこんなことなんてしねぇんだからな!」

「え…?」




今、なんて…。
真っ赤になっている切原にもう一度と催促をすればため息をついてから再び口を開いた。




「だから…。人を好きになるのに身長なんて何の障害でもないんだよ…!」




俺はお前が好きだ。
目に溜まった涙の薄い膜が壊れて私の頬を伝った。これは決して悲しみの涙ではなかった。