門は堅く閉ざされている。
絡まった蔓とこびり付いたサビがこの鉄の門を長年使用していないことを示した。太陽が照っている時間おそらく彼は深い眠りの中だ。この屋敷は高い鉄の柵に囲まれていて私が乗り越えられるものはなさそうだ。
お母さんたちは私を見捨てたのだろうか。もうかなりの時間が経ったが迎えに来る気配はない。ぼうっと空を仰ぎ見た。
私はこの屋敷に捨てられたみたいだ。吸血鬼との契約って何。私は所謂生け贄というやつなのだろうか。
見捨てられた。その言葉だけが螺旋のように旋回した。じわじわと滲み出す視界を拭う手すら動かなかった。
「助けてよっ…、」
途切れ途切れに紡いだ言葉がなんとなく漏れた。聞き取れるかすら微妙なセリフ。しかし今の私にはこれが精一杯だ。
助けて。再びその言葉を口に出そうとするとまたあの氷のような手が私の体を包んだ。
「景っ吾…」
「悪い…俺のせいだな」
「寝てなかったの…」
「お前が泣いてたから…」
力ない弱々しい声で囁きながら私の涙を拭った。私の涙は彼の手を伝って地面に落ちた。
彼がいる。
放っておいたらどこか消えてしまいそうな彼が。私が今まで涙も文句も言わずにここにいれたのは彼がいたからだ。私を見ると悲しそうに笑う景吾が。
「泣かせるつもりはなかった」
「景吾…」
「悪ぃ」
「顔色悪いから…寝てなよ」
「お前が泣きやむまでは、ここにいる」
「私…もう泣きやんだよ?…辛いでしょ?」
「あぁ」
「ほら…行こう?」
景吾は細かった。折れてしまいそうな肩を支えて景吾を寝室の前まで運べば彼は静かに身体を引きずるように部屋に入っていった。
吸血鬼って本当に悪い人なのだろうか。私の中に新たな疑問が浮上した。
するとその質問に答えますよと言わんばかりに気配をばらまきながら暗い廊下の奥から男らしき人物がひとり。現れた。
「おおきに」
「誰…!?」
「その部屋ん中におるアホな吸血鬼の知り合いAや」
ニタニタ笑うように私に近づいて目の前で恭しくお辞儀をした。少しだけ上げた顔の真ん中あたりで銀縁眼鏡のブリッジに光が反射した。この人も吸血鬼?
「吸血鬼はな」
「……?」
「いくら血が嫌い言うたって飲まな枯れてまうねん。」
「枯れる…?」
「あの哀れな薔薇はあと何日で散るやろなぁ?」
丸眼鏡の男は庭先に一輪咲いた赤黒い薔薇を指差して愉快だとでも言いたげにけたけたと笑って消えた。