あほ 1 | ナノ



目が覚めたら真っ暗でだだっ広い部屋に寝そべっていた。首だけくるりと動かせば綺麗に掃除された窓が。写る風景は鬱蒼とした森。その風景だけであの吸血鬼の住む城であることが理解できた。
しかし私を見張るものは何もなくて本人すら…名前も知らない彼ですらこの場にいない。こんなの逃げろと言っているようなものだ。ベッドから足を出して窓を開け放つ。二階であるが木や落ち葉などがクッションになるはずと身を乗り出すがその身体はあっという間に部屋に引き戻された。




「死ぬ気か?」

「逃げる気よ」

「逃げる場所なんて無い。ここがお前の逃げ帰る場所だからな」

「…私を餌にする気?」

「違うな」

「じゃあベタに嫁にする気?」

「…いや。契約だ」




再び発された契約の言葉。
しかし彼は契約が叶ったはずであるのにどこか悲しそうに笑っている。今にも泣き出しそうな子供のようだ。
彼は静かに私から身を引き、部屋から退室しようとした。私は無意識に彼の洋服の裾を掴んだ。




「な、まえは…?」

「…景吾だ。名前」




どうやら彼は、景吾は私の名前を知っているらしい。彼はそのまま部屋を出て行った
なんだか無断でここに連れてこられたのにあんな表情を見てしまうと憎むに憎めなくなってしまった。
彼は私をこの屋敷に閉じこめるだけで満足なようだ。私は再び真っ黒なベッドにダイブした。




* * *




朝日と共に目が覚めた。
あれから何時間寝たのだろうととりあえず時計がありそうな大きな部屋に向かえば私の分であろう朝食が用意されていた。そういえば彼はどこにいるのだろうか。
あぁ、彼は吸血鬼。日差しは苦手か。ゆっくりと朝食の用意された机に近付くと真っ白なメモに「勝手に食べろ」と綺麗な字で書かれていた。やはりこれは彼が用意したらしい。
私は適度に朝食を口に運び食事を済ませ屋敷の中を旋回した。部屋は気持ち悪いくらいに隅々まで掃除されていた。誰が掃除しているのだろうか。
そして一際大きな扉の前にたどり着いた。そういえば私の部屋はどこにあるのだろうか。金のノブに手をかけてゆっくりと回せば開く前に氷みたいに冷たい手がその動きを静止した。




「やめとけ」

「え…?」

「ここは俺様の寝室だからな…」

「…なんで?」

「聞きたいのか?」




あ。また悲しそうに笑った。
この人はこちらまで泣きたくなるような笑い方をする。
何故か昨日の笑いと今の笑いが頭から離れなかった。