あほ 1 | ナノ



妖怪。化け物。魔女。吸血鬼。

現代の人間にそれらを見たと言っても誰も信じはしないであろう。それは誰のせいでもなく社会がそういう風なものに目を向けないという形ですべてが成り立っているから。
しかし昔の人は魔女だって魔法だって吸血鬼だって何でも信じた。そういう風な社会が成り立っていたから。
信じているのは私だってそう。だって私の町から不気味に見える胡散臭い城には正真正銘の吸血鬼がいるのだから。
隣の町は吸血鬼に血管を噛み千切られたり血をすべて奪われて死んだ人が出たみたいだけど私の村は吸血鬼は三日に一回町の住人の血を差し出すということと互いのテリトリーを荒らさないという先々代からの約束を破らなければ何もしてこない。
私達は勝てないと知っているから何もしないし吸血鬼…彼は何もしてこない。その薄っぺらい約束が互いの均衡を守っているのだ。
私は今年…今日で18になる。そろそろ嫁に行く準備とやらをしなければいけない。しかし両親やこの町長は最近私に対してどこかよそよそしい。
私は昔原因不明の大病から生還したのでそんな娘がそんな歳になるなんて…などと考えているのか。…私の考え過ぎか。
私は買い物をしなければいけなかったことを思い出し、買い物かご片手に日が暮れ始めている夕方の町に繰り出した。
いつもと変わらない陽気な町。笑い声に満ち溢れた私の町。すれ違う人に挨拶をすれば皆笑顔で返す。
私はいつもと同じようにすれ違う人々に挨拶を交わし、日が暮れてきたこともあって近道だ。と路地裏に入り込んだ。
今考えれば右に切り返したこの足こそがすべての始まりだったのかもしれない。少し影った人通りの少ない路地を足早に歩けば忽然と現れた黒いマントを羽織った何者かと対面した。
その暗闇のようなマントは見た限りでは私達平民では手が届かないような代物。第一この町でマントを羽織った人なんてたまにやってくる国のお偉いさんくらいだ。こんな人見たこと無い。




「あの…。どちら様…ですか?」




そう問いかければ体を覆い尽くしていたマントか不自然に揺れて深いアイスブルーの片目が不敵に細まった。その瞳は始めてみたはずなのにどこか懐かしかった。訳の分からないデジャヴに捕らわれた私はその眼から目を離すことが出来なかった。




「今夜だ」

「…え?」

「またお前に会いに来る。…俺様直々にな」




男。それだけ告げるとマントを翻しバラの花が散るように…溶けるように彼はまた忽然と姿を消した。



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多分中世のヨーロッパ。