おまじない
暑い…。
ひどく暑苦しい。外部からでなく、体の内側からこみ上げているこの熱は何なのだろうか。
体調でも崩したか?いや、そんなはずはない。今朝だって金魚草のエキスを抽出したあの滋養強壮剤を飲んだのだから。
ーー…丁!丁!
忌々しいあの名前で呼ばれる。
やめてくれ…私をそう呼ぶな!嫌だ…嫌だ!
ーー早く逃げなさい!
どこからか女性の声が聞こえる。
そうだ。この道をまっすぐ行けば村を出ることができるのだ…!
いや、私はこの話のオチを知ってしまっている。そうだ、ここを出た先には
ーーおい、逃げるつもりか?丁?
「鬼灯様!鬼灯様!」
「ん…?」
目が覚めるとそこは法廷にある自分の机の前だった。時計を見てみれば深夜1時半。
そうか。仕事をしながら寝てしまったのか。
自分を起こしたのはなまえさんだ。先日から仕事が普段の何倍にもなってしまったので、普段は等活地獄で働いている彼女に手伝ってもらっているのだ。
気だても良く、彼女を狙う男獄卒も少なくはない。まぁ私もかつてはその一人だったのだが、今は正面を切って自分のだと言い張れる立場にある。
「大丈夫ですか?だいぶうなされてましたけど…」
心配そうな顔をして彼女は私の顔を覗き込む。
そうか。あれは夢だったのか。
自身で納得し、靄のかかった頭がすーっと晴れて行くのを感じた。
「少し夢見が悪かっただけです。大したことではありませんよ。」
「それならいいんですけど…。最近鬼灯様、寝ていらっしゃらないでしょう?」
「なに、いつものことですよ。」
「いつもって…体に良くないですよ。これ、私が処理できるところは処理しておくので今夜はおやすみになられた方が…」
ここは彼女に甘えるべきなのか。確かにこのまま仕事をしてもミスにつながりそうだ。
「そうですね。お言葉に甘えて、今夜は寝ることにします。」
「えぇ。ゆっくり休んでください。なんなら安眠のまじないでもしましょうか?」
冗談めいてそういう彼女も少し眠そうだ。
「ふぁぁ〜…。あっ!失礼しました!」
「いえ。その様子だとあなた、夕べ寝ていないでしょう。あなたも寝なさい。」
「でも…」
「だいたいこれは元々大王の仕事です。明日、釘で大王を椅子に打ち付けてやらせればいい。」
以前、同じことを言ったら怖いと言われたがまぁいい。すると彼女が口を開いた。
「私、寮に住んでるのですが、この時間だと入れないんですよ。鍵がしまってて…」
「あぁ…そういえばそうでしたね。なら私の部屋来ます?」
「なっ…!?」
「取って食ったりしませんよ。あの白豚じゃあるまいし」
自分で言うのもあれだが、私は割と理性的な方だとは思う。
「それに、安眠のまじないをしてくれるんでしょう?」
「そ…そうは言いましたけど…」
「最近夢見が悪いんですよ。安眠のまじないをしてくれたら明日も仕事を頑張れる気がします。」
付き合ううちに分かったが彼女は押しに弱い。くすぐられる加虐心に素直に従う。おそらく私は悪い顔をしているだろう。
「わかりました…お邪魔させていただきます」
「じゃあ、墨のついたその手を洗って来なさい。」
「はい」
水道の方へパタパタとかけて行く彼女を見送り、頭の中で予備の布団の場所を確認する。よくよく考えてみればそれが入っている押入れの前に和漢薬の資料を大量に積み重ねてしまっていた。果たしてどうするか…。問答していると手を洗って来た彼女が帰って来た。
「お待たせしました。」
「では行きますよ。」
法廷の電気を消し、脇の廊下へと向かう。
少し歩幅が広かったのだろうか。少し小走りになりながらついてくる彼女をみて、速度を落とす。長い長い廊下を歩いて行けば鬼灯の絵が書かれた扉が目の前に現れる。もうこの部屋で寝泊まりし始めて何千年だろうか。
そんなことを思いながら重い扉をグッと押し開く。
「散らかっていて申し訳ないのですが…。」
「い…いえ。」
「布団出すのでちょっと待っててください。あ、そこにかけていてください。」
「失礼します….」
和漢薬の資料を崩して布団を一組引っ張り出せば少しだけ埃が舞う。
寝台の前は割と片付いているので簡単に布団を敷いて「どうぞ」と促す。
自分も彼女も打掛を脱いで襦袢一枚になり、布団に潜り込む。もう風呂は明日でいいや。
「で、なまえさん。安眠のまじないは?」
「あっ…本当にやるんですか?」
「当たり前でしょう」
「じゃあ手を出してください」
そう言われて身じろぎをして手を出す。するとその手に彼女は手を重ねて何かをブツブツ唱え始めた。唱え終わったかと思えば、手のひらに何かを書く。また手を包み込んでパッと手を離した。
「はい。おわりです」
「なんて言うか…子ども騙しですねぇ。」
「まぁ、そんなもんですよ。子どものときに母にやってもらったものですし。鬼灯様はそういうおまじない的なのご存知ありません?」
「私には親がいないのでまじないの類は知りませんが、手っ取り早い方法なら知ってますよ」
なんだろうと首を傾げる彼女の腕を掴み、自分の寝る寝台に引き込む。そのまま抱きしめてしまえば私専用の抱き枕の完成だ。
「人肌が一番です。」
あぁ、暖かい。
女性特有の柔らかい肌は抱いていて心地よい。それに彼女の匂いは本当に私を安心させる。
薄い襦袢から伝わる互いの体温を感じながらまどろんでゆく。
一方彼女は恥ずかしいのか顔を真っ赤にして私の襦袢をつかんでいた。
蒸気が出そうな彼女を見ていると本当に愛しさがこみ上げてくる。
「さぁ、さっさと寝てしまいなさい。」
「お…おやすみなさい…」
ぎゅっと抱き込み、より体を密着させ、頭を撫でてやれば襦袢を掴んだ手からスッと力が抜け、規則的に吐息が襦袢越しに胸にかかる。
お疲れ様です、なまえさん。
声には出さず、自分の中でそうつぶやき私も目を閉じた。
あぁ、今日はいい夢が見られそうだ。
ーー
最近夢見が悪いです(´・ω・`)
20140513 知
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