日めくり
暖かく気候のいい天国では滅多に雨は降らない。今日も変わらず暖かい天国になまえは鬼灯に頼まれた薬を取りに来た。
「こんにちは!閻魔庁のなまえです!お薬受け取りに来ましたー!」
元気に挨拶するなまえに奥にいた白澤が気がつき出てきた。
「あれ?なまえちゃん、納期って明後日じゃなかったっけ?」
「えっ?今日ですよ。ほら」
なまえがケータイの待受を見せると確かにそこには白澤が指定した日付を表示していた。
「うわ…やっちゃったよ…。ごめん、夕方にまた来てくれる?本当はちゃんと閻魔庁に届けるべきなんだけど、今日はどうしても店を空けられないんだ。」
「いいですよ。私は今日は午後非番ですから。じゃあ一回、私は地獄へ戻りますね。出来たら連絡ください。」
「ありがとう。なるべく早めに上げるから!」
「それじゃあお願いしますねー」
そう言って手を振り、なまえは門へと帰って行った。
ーー夕方5時
少し日も傾き始めた頃、白澤は薬ができ具合を なまえに伝えようとケータイを取り出した。
「もしもし、なまえちゃん?待たせてごめんね。40分くらいにはちゃんと渡せそうなんだけど…。」
『わかりました!じゃあそのくらいにお伺いさせてもらいますね。』
「うん、わかった。気をつけてね。」
そう言って通話を切り、煮詰めていた鍋をまたかき混ぜる。
グツグツと煮える鍋を見張りつつ、なまえがくることを白澤は心待ちにしていた。
「こんばんわー!お薬取りに来ましたー!」
きっかり40分でなまえは極楽満月の扉を叩いた。
「お待たせしてごめんねー。はい、これ頼まれてた薬とお詫びに仙桃」
「わぁ、すみません。」
白澤から手渡された仙桃はキラキラとしていてとても美味しそうだった。
「あ、そうそう。これ、よかったら使ってください。」
そう言ってなまえが手渡したのは日めくりカレンダーだった。
「毎日ちゃんとめくれば、今日が何日かわかりやすいですし、納期の間違いもなくなると思いますよ」
「わざわざ、ありがとう。大切に使うよ」
それでは、となまえは手を振りながらまた、地獄へ帰って行った。
数週間後、なまえが白澤のもとを訪ねると、先日渡した日めくりカレンダーは先週の日付になっていた。
毎日めくるというのはやはり面倒なもので、初めのうちはちゃんとめくっていたものの、次第に2日に一辺くらいになり、だんだんとめくらなくなってしまっていた。
「白澤様、日めくりカレンダーは毎日めくらないと意味ないじゃないですか」
「あー、ごめんごめん。習慣付いてないからついね。なまえちゃんが毎日めくりにきてくれれば問題ないよね」
「何言ってるんですか。私だって仕事があるんですから」
なまえは苦笑いしてそう言った。日めくりではないほうが良かったのだろうかなどと思いつつ、薬を受け取る。
「それでは、失礼しますね」
「はーい、まいどありー」
それからもなまえは薬を受け取りに行くたびにペラペラとカレンダーをめくってやっていた。
ある日、なまえが帰ると桃太郎が言った。
「白澤様、楽しんでます?」
「もちろん。毎回毎回、なまえちゃんが僕の為にめくってるって考えると可愛くってね。」
白澤はいつものヘラヘラとした笑顔で答える。
「はぁ…。白澤様ってなまえさんのこと、どう思ってるんですか?口説いてるとことかみたことないし…」
「そうだねー。あの子に対しては、他の女の子に対するような気持ちはないね。どっちかって言うと大事にしたい感じ。」
「特別ってことですか?」
「んー、どうなんだろ。僕はあの子が小さい時から知ってるから娘に対するような気持ちなのかもしれないし、桃タローくんが考えてるようなそういう気持ちなのかもしれないし。自分じゃ良く分からないかな。」
このとき、白澤が少し悲しげな顔をしたのを桃太郎は見逃さなかった。
白澤様もこういう顔をするんだ。
桃太郎は素直にそう思った。
万物を知る神獣ではあるが、自分の気持ちがわからないなんてひどく滑稽で、情けない。そう思いながら白澤はクルクルと薬草が入った鍋をかき混ぜた。
ペラペラペラペラ…
分厚かった日めくりカレンダーはだんだんと薄くなって行き、いつの間にか半分の薄さになっていた。
「たまにはちゃんとご自分でめくってくださいよー。」
そういうなまえの表情はまんざらでもなく、薬を取りに行くとついでにカレンダーをめくるのが習慣になっていた。
いつも通り笑顔で見送って、他の依頼の薬を調合していると、白澤のケータイが震えた。
鬼灯からだった。
『白澤さん、今すぐ閻魔庁に来てください。すぐです、すぐ!』
「わかった!」
ーーいつもは冷静で、取り乱すことのないあいつがあんなに慌てていた。きっと何かあったに違いない。怪我か、病気か…
「桃タローくん!そこの棚にある薬全部持って閻魔庁行って!僕は先に行くから!」
「わかりました!」
白澤は獣の姿になると勢い良く店を飛び出し、地獄へと向かった。悔しいことに先日、鬼灯が掘った落とし穴が一番の近道だった。
地獄に着くとそこはいつもよりも強い血の匂いがした。
「どうしたの!?」
人の姿に戻り、閻魔庁の重い扉を開けるとそこには、倒れた獄卒が何人もいた。
「事情は後で説明します!彼らの治療をお願いします」
「わかった!」
なにがあったかなんて考えている場合では無い。自分の持つ全ての知識を使って治療に当たった。
「彼女で最後です…」
「はいよー。」
最後と言われて連れて来られたのはなまえのところだった。さっき見送ったときにはあんなに元気だったのに、今目の前で眠っている彼女はボロボロで、到底助かるとは思えないほど弱っていた。
「嘘…」
「……」
鬼灯は俯く。
「そうだ…金丹!」
白澤はなまえの口を無理矢理こじ開け、金丹を口に入れ飲み込ませる。少しは状態が変わるだろうと思ったが、なかなかその様子は見られない。
「なまえちゃん死んじゃうの?」
シロが不安気に鬼灯と白澤の顔を覗き込む。茄子やお香は泣き始め、唐瓜は必死で涙を堪えながら二人をなだめている。
もう白澤には自分の腕の中で次第に呼吸が浅くなり、弱っていくなまえを見ることしかできなかった。
「なまえちゃん…」
ポツリとつぶやく。
浅い呼吸は更に浅くなり、ついに止まってしまった。
「くそっ…。」
右手に握った拳を強く床に叩きつける。ギリっと強く下唇を噛めば赤い血が流れ出た。
視界は歪み、ボロボロといつもの白衣を濡らしていく。いくら神獣といえど、蘇生術なんか使えないし、使ってはいけない。
「ごめん…。助けられなくてごめんね…」
そう言って、だんだんと冷たくなる体を抱き寄せ、ギュッと抱きしめた。
悲しみを引きずりながら店へ帰るとすぐ日めくりカレンダーが目に入った。
ーーねぇ、なまえちゃん。君が居なきゃ誰がカレンダーめくるんだよ…。ちゃんとめくってくれなくちゃ、納期間違えちゃうじゃんか…
君が居なくなった時から僕の時間は止まったまま。
ーー
箱を3時間、延々と組み立てるお仕事の途中で思いつきましたww
20140413 知
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[mokuji]
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