1人だけ。



「白澤様ってとっかえひっかえ、女の子と関係持ってますけど、今までに1人を真剣に愛したことってないんですか?」

棚に並べられた薬品を整理しながら桃太郎が問うた。

「ひどい言いようだなー、桃タローくん。」
「いや、事実でしょ。」

ヘラヘラと笑う白澤とは対照的に、桃太郎は白い目で見る。

「で、今までに1人だけを愛したことはないかだっけ?」
「はい。」
「結論から言えばあるよ。」
「えっ?」
「もう600年くらい前かなー…」

そう言って白澤は話し出した。

600年前、ある少女が死に、此処、桃源郷にやってきた。死因は当時の流行り病だった。

彼女はのらりくらりと歩いていると、綺麗な桃の木が目に入り、何かに囚われたようにそこに向かって歩き出した。

「君、こんなところで何してるの?」
「わっ!すみません!」
「見ない顔だね。新入りさん?」
「そうです。弟一人をおいてきてしまいました。」
「そっかそっか、辛かったね。もし、よかったら僕のうちで薬膳でも食べて行かない?まぁ、僕は別のものが食べたいんだけど。」
「逆に潔い…」

初めは、白澤にとってはお決まりのパターンだった。

2人で薬膳をつつきながら他愛もない話をしていたが、思いの外話が弾み、気がついたらかなりの時間が立っていた。

「あらやだ!こんな時間!こんな長居しちゃってごめんなさい!」
「いいよ、いいよ。それより、名前を聞いていないんだけど。」
「あっ、すみません!申し遅れました。私、なまえと申します。」
「僕は白澤。もし良かったらまた遊びに来てよ。」
「はい!ご迷惑でなければ!」
「じゃあ、またね」
「さようなら」

そう言って彼女は帰っていった。

その後も何日かに一度、彼女は白澤を訪ねていった。その度にいろいろな話をし、気がついたら彼女は毎日白澤の元へと足を運んでいた。

一方の白澤はあらゆる女性と関係を持っていたが、彼女が来る頻度が多くなってからはぱったりとなくなり、かといって白澤は彼女を襲うこともなく、ただ純粋に彼女が来るのを心待ちにしていた。

それから2人が惹かれ合うのに時間はかからなかった。

「白澤様、私…帰りたくありません。」
「ダメだよ。あまり僕に依存したら転生できなくなる。」
「それでも構いません。私を白澤様のそばにおいて下さりませんか?」
「少し…考えさせて。」

その日は彼女を帰して、白澤は考えた。自分だって彼女のそばにいたい。しかし、神である自分に依存すれば転生はできなくなるかもしれない。そうすれば永遠に彼女はここでさまようことになる。彼女の望むようにしてあげたい。それは自分も望んでいることだから。でもそれにはリスクがありすぎる。
彼女の幸せを祈っているからこそ、辛かった。

しかし、白澤は答えを出した。

いつもなら日が昇り、昼頃になると彼女は白澤を訪ねてきていた。しかし、その日は来なかった。あれだけ毎日のように来ていたのに…。白澤は不安に思った。なら、彼女の家に行ってみようとも思ったが、あれだけの付き合いがあったにもかかわらず彼女の家を知らなかった。

当時は携帯電話はおろか、電話もなかったため白澤にはなすすべがなかった。

明日は来るだろうかとモヤモヤとしたまま床についた。

しかし、何日経っても彼女は来なかった。

彼女が来なくなってからひと月が経とうとした時、彼女はひょっこりとやって来た。

「白澤様…ご無沙汰しております。」
「どこいってたんだよ!心配したじゃないか!」

玄関先で白澤は彼女をめいっぱい抱きしめた。

「ごめんなさい…ごめんなさい…」
「良かった…。」
「私…答えを聞くのが怖かったんです…。自分から言ったのに…。自分勝手でごめんなさい…。」
「もういいから…。帰ってきてくれてありがとう。」

それから2人は愛情を深めていった。

毎日が幸せで、愛に満ち溢れていた。ここまで愛を築いしまったのだ。もう彼女は転生することはできないかもしれないが、自分が彼女を愛せば転生をせずとも、幸せになれるだろうと思っていた。

しかし、非情なことに始まりがあるなら終わりもあるのである。

もう2人が一緒に暮らし始めて何十年と経った時、鬼灯がやって来た。

「あっ、鬼灯様!ご注文のお薬ですよね!今、白澤様を呼んできますね。」
「いえ、そうではなく、今日は貴女に用があってきました。」
「私…ですか?」
「はい。転生する時がきました。」

それは白澤との別れを意味していた。自分は白澤に依存していたから転生なんてしないと思っていたが、そうはいかないようだ。

「そんな…。」
「あれっ?朴念仁、納期はまだでしょ。」

まだ事実をしらない白澤はいつものようにへらへらとやってきた。

「えぇ。今日は彼女を迎えに来ただけです。」
「迎えって…そうか…。」

一言で状況を察した彼は表情を変え、ただただ彼女のことを見つめていた。
鬼灯は少し、離れて二人の様子を伺っていた。

「白澤様…いやです…。転生なんかしたくありません…。ずっとあなたのそばにいるとお約束したのに…。」
「ダメだよ。もう僕たちは一緒にいられない。君は現世に行って幸せになるんだ。」
「いや…いやです…白澤様…。どうか…どうか…お願いします…鬼灯様…。」
「ダメです。あなた一人のわがままを受け入れたら、すべての亡者のわがままを受け入れなければなりませんから。」
「白澤様…」

泣きすがる彼女を抱きしめたりはしなかった。そんなことしてしまえば、また互いを欲してしまう。
これが、死者にとっての本来の幸せなんだと自分に言い聞かせた。

「また、現世で死んだらここにおいで。僕はずっと待ってるから。吉兆の印の僕に会えたんだ。君は現世で幸せになれるはずだよ。」
「いやだ…いやだ…」
「鬼灯。もう…連れて行ってくれ…」

離れていた鬼灯がゆっくりと近づく。

「もう、良いのですか?」
「あぁ…。もう、いいんだ。」
「分かりました。」

そう言って鬼灯は彼女の手を取り、白澤の元を去っていった。

「ごめんね…。」

がらんと広くなりすぎた部屋を見渡して、神獣はまた一人になった。



「まっ、こんな感じかな。」

白澤は明るくそう言った。

「すみません…あんなこと言ってしまって…。」

反対に沈んだ調子の桃太郎。

「いいよ、いいよ。ねぇ、桃タローくん。こっち来て。」

白澤に連れられるままに着いたのは一本の仙桃の木の前だった。

「この木、見るのは初めてだよね?」
「はい…。」
「この木はね、彼女の光だけで維持しているんだ。だから手入れも何もいらない。それに、強い結界が張られている。僕は見えるけど、木の下に入ることはできない。君が今見えるのは僕と一緒にいるから。」
「……」
「何のためにこうしたのかはわからないけどきっとこの木が彼女と僕をつないでいると思うんだ。」

そう言う白澤は少し寂しそうな目をしていた。


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よくあるパターンかもしれませんけど、結構こういうベターな展開好きです。

20140310 知






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