迎えに上がりました。


2週間後、名前は鬼灯に指定された場所で待っていた。いつもどおりのツノを隠すための帽子を被って。

「名字さん、迎えに上がりました。」
「よろしく…お願いします…」

この二週間、本当に大変だった。自分と関わりのある人が少ないとはいえ、一人ひとり挨拶に行き、事務的処理もなんとか終わらせた。

「では、行きましょう」

鬼灯に連れられてついたのは見たこともない門だった。

「ここは現世、地獄、天国全てにつながる門です。迷わないよう、しっかりついてきてください。」

あまりに非現実的過ぎて呆気にとられていると「こんなの序の口ですよ」と言われてしまった。

しばらく歩くと大きな牛と馬が現れた。

「あら、鬼灯様。この子見ない顔ね。亡者?」
「いえ、違います。現世にいた鬼の先祖返りです。あ、もうここでは帽子をとって結構ですよ。」
「あ、はい。はじめまして、名字名前と申します。」

深々と丁寧に頭を下げれば「礼儀正しい子ね」と馬に褒められる。

「私達は地獄の門番、牛頭と馬頭よ。」
「あっ!知ってます!本で読みました!」
「あら、光栄だわ。今度、ほかの女の子達も集めて女子会やるの。よかったら来てね。」
「ありがとうございます。」

鬼灯は懐から時計を出し、時間を確認すると「すみませんが時間が…」と、女子たちの会話に終止符を打った。

「すみません、つい楽しくなってしまって」
「構いませんよ。女性は話し好きですからね。そこは現世も地獄も変わりません。」

スタスタと足をすすめる鬼灯においていかれまいと名前も足を速める。またしばらく進むと、どんよりとした空気、そしてやけに乾燥した場所にでた。

「ここが地獄です。」
「うわぁ…」
「地獄にいるのは主に鬼です。まぁ、たまに人もいますけどね。他にも現世にはいない動物なんかもいます。さぁ、閻魔殿までもうすぐです。」
「閻魔殿…閻魔様がいるんですか?」
「えぇ、もちろん。あまり怯えなくていいですよ。恐らく、あなたが想像している閻魔大王とはかけ離れていると思いますから。」
 
鬼灯の言うことに疑問を持つが、百聞は一件に如かずということで着いていくとそこには立派な建物がどんと立っていた。

重い扉を開き、更に進むといつしか本で読んだような風景が現れ、奥には大きな体をした人が座っていた。

「あ、鬼灯くんおかえりー」
「ただいま戻りました。あ、このなんかでっかい人は閻魔大王です」
「あっ!君が名前君?鬼灯くんから聞いたよ!鬼の先祖返りなんだってね」
「はい。これからよろしくお願いします。」

丁寧に頭を下げると「こちらこそ」と閻魔大王も挨拶をする。

「ところで鬼灯くん。彼女の部署は決まっているの?」
「いえ。どこが適切かまだあまりわからないので、初めのうちは研修としていろいろなところで働いてもらおうかと思っています。あとは現世への出張なんかも他の獄卒より多く出てもらうと思います。」
「そう。初めのうちは大変だろうけどやり甲斐は保証するよ。がんばってね。」
「ありがとうございます。」
「では、私はこれから名前さんと話があるので失礼します。くれぐれもサボったりしないでくださいよ。」
「わかってるよ…」
「では、行きますよ。」
「はい」

次に連れて来られたのは獄卒が住む寮だった。もちろん、名前は女子寮である。ふと足元を見ると蛇がニョロりと顔を出していた。

「あ、蛇。」
「おや、お香さんの部屋から出てきてしまったんでしょう。戻しておかないと。ところで貴方、蛇は平気なのですか?」
「はい。色合いとか、つぶらな目とか結構好きです。私、嫌いな動物とか虫とか特にないですし。」

ツンツンと蛇の頭を突きながら答える。蛇も怒って噛み付いたりする様子もなく黙ってされるがままである。

小さい頃から彼女を受け入れてくれる人なんかいなかったので、自然と動物が彼女の話し相手、遊び相手になっていた。虫も同じである。

「地獄には虫や蛇も多くいます。女性の中には苦手だって人も多くて結構困っているんですよ。あなたなら受苦無有数量処や血河漂処でも働けそうですね。」
「じゅくむう…けっか…?」
「要は虫がいっぱいいるところです。他にも不喜処には犬とか猿とか…いろいろいますよ。さ、部屋へ案内します。」
「あ、はい。」

トタトタと鬼灯の後をついて行くと、長年住んでいないのか、少し蜘蛛の巣がかかったドアの前に着いた。ギィーと錆び付いた音を鳴らしながらドアをあけるとこれまた埃だらけの部屋があった。

「これはちょっと酷いですね…。まぁ、200年も住んでいなかったらこうなるのも仕方ないとは思いますが…」
「200年!?」
「えぇ。衆合地獄で働いていた獄卒がいたのですが、結婚して引っ越しましてね。今はその子供が獄卒やってますよ」
「へ…へぇ…」

人間界ではあり得ない単位の年数にびっくりするが、地獄ではそれが普通だというのだから仕方が無い。郷に入っては郷に従え、である。

「ちょうどあと5日で月初めなので切りがいいです。少し短いですが、5日間でなんとか生活用品など揃えなさい。通貨はそのままですし、現世と違う物といえば服装くらいですから特別何が必要とかはありません。」
「5日…わかりました。」

先日と言い今日と言いやたらと用意される期間が短いとは思うが、文句を言ってはいけないと本能が悟り、ただ一言、はいと返事をするしかなかった。

「何か困ったことがあれば、隣のお香さんに聞いてください。」
「わかりました。」
「あ、そうだ。手持ちも少ないでしょう。これを使いなさい。」

鬼灯に渡されたのは一万円札5枚。

「こっ…こんな大金…」
「誰があげると言いました?初任給からしっかり引かせていただきます。もちろん利子付きで。」
「で…ですよね…」

よかったのか悪かったのか微妙なところだが、鬼灯に感謝して財布にしまう。

「では、私は仕事がまだありますので失礼します。」
「あ、はい。お忙しい中ありがとうございました!」

部屋の鍵を渡し、鬼灯は来た道を帰っていった。
さてさて、この埃まみれの部屋をどうしてくれようか。


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