土方 | ナノ

 
俺がおっさんと親しくしていることは、あまり周りの人間には知られていない。わざわざ声を大にして言う必要はないし、あの男と俺の関係は出会いはどうであれ、兎に角完全にプライベートであった。

天人はおっさんが指揮する国防省をあまり良く思っていない。自分にとって一番便利で手駒のような存在を指すのが真選組含む警察庁だとするのなら、その対極に存在するのがおっさんが指揮する国防省である。今となっては、国防の為とおっさんは天人を対象とした大量の条約を他星と結んでいる。
それが理由なのかどうかは知らないが、おっさんの娘を正式に真選組で監視することとなった。本来ならば、こんな筋金入りのお嬢様を預かるのは、エリートや良家ぞろいの見廻組預かりとするのが妥当なのだが、今回天人はわざわざ男所帯の真選組にした。結果的に救われた部分の方が多いが、まだ天人はあのおっさんに色々なことをけしかけてくるつもりらしい。
近藤さんすら困惑した今回の勅命ではあったが、俺が斬った攘夷浪士の話を付け加えることで、近藤さんも納得したようで、彼女を屯所に受け入れる準備は着々と進みつつある。しかし隊の志気が下がるという理由でこの屯所は真選組を組んで以来、女中以外の女の出入りを禁止してきた。今回ばかりは仕方がないという意見が専らではあるが、それでも戸惑いを隠しきれないような童貞が多いようだ。女と同じ空間で生活するだけで疚しいことを想像できる若い精神は否定しないが、それは娘を受け入れることの隘路にしかならない。

「んで、あの娘は何してた」
「3日間も押し付けといてよく言うぜ」
「謝礼は国からがっつり出ただろ」
「おう。もう3ヶ月は遊んで暮らせるわ」
「質問に答えろ万事屋」

そして、正直どれだけ面倒な仕事でも期待以上の仕事をしてくれることは十二分に理解しているこの男、万事屋の事務所に娘を預けていた。屯所に彼女を受け入れる場所を作る、と言うのも一つの理由であった。面倒事を押し付けたことは悪いと思っているが、俺の読みが当たるとするならば、桂と共に春雨の船一隻を沈めるという阿呆なことをしたのはこの男のような気がするのだ。よってこの男にも多少迷惑を被る義務がある。

「ずーっと対して飯も食わずに写経してたぜ」
「写経だぁ?」
「細い文字で長々と良くやるぜ。あんなの見るくれえなら神楽みてぇに派手に荒れてくれた方がまだ良い」
「…功徳を積んで父親を助けるってか。現実逃避もいいとこだな」
「あの娘、昔になんかあったのか。ありゃ現実逃避の沙汰じゃねえぞ」

そこまで言われて、口から言葉が零れ掛けた。天人に両親を奪われようとしている。それがあの娘をぐらぐらと揺する直接的な原因であると9割方の確信を持っているが、それは真実ではなく、あくまで現段階で客観的にしか状況判断せざるを得ない俺の私感に過ぎない。そんな曖昧なものをこの男に対しても、解答として使うべきではないと判断し、知らねえよと煙草のフィルターを吸いながら答えた。
もしかしたら、あの娘を狭い空間に一人閉じこめ保護という形を取るのは、彼女にとっては拷問に近いことなのかもしれない。人間は目も当てられない現実を忘れるために、体を動かし自らの体も省みず働くようなきらいがある。たゆたう紫煙は行き場を失ったように天井あたりにくすぶっている。解決策が容易に出るというようなことはないようだ。

* * *

一般隊士が使う団体部屋を2、3右に見て、その突き当たりを右に曲がれば、隊長格が使う一人部屋がずらりと並んでいる。娘の部屋は、会議の結果、あまり上物の部屋ではないが、柔らか朝日や西日が当たる暖かく明るい部屋を用意した。ただでさえ気が滅入っているのだから、部屋くらいは明るくしてやりたいという近藤さんの一言が決め手となった。娘は必要最低限の小さな荷物を部屋の隅に降ろすと、俺に向かって静かに頭を下げる。万事屋が言っていたことは本当だったのだろう。少しだけ虚ろいだ目に生き生きとした印象はなく、初めて見たときよりも酷く窶れた様子だった。

「…飯は」
「結構です」
「食わなきゃてめえがくたばるぜ」
「…構いません」
「それじゃ、てめえの親父が出てきた時に面目が立たない」

力なく下がる肩に、少しの苛立ちを感じた。あの男があんな所で足掻いているというのに、この娘は自分が世の中で一番不幸とでも言いたげな顔をしている。ゆとり教育だかなんだか知らないが、甘ったれた考えしかできないような娘を大切に思い、自分の冤罪を後回しにしたあの男が報われない。
慕っている存在だからかどうかは分からない。ただ、あの男のことを信じて待っていてやる存在で居て欲しいのだ。押し付けがましい意見かもしれない。でも俺が助かると信じた以上は、それ以外の意見を聞きたくはなかった。不安で溜まらないのは自分も娘も同じなのだ。

「おい」
「え?…っ!」

大量に吸い込んだ煙草の煙を、振り向きざまの娘の顔に吹きかけた。娘は一瞬嫌そうな顔をしてむせかえったかのように咳をしたが、この煙草の銘柄が自分の父親の物と同じだと気づくと、目一杯に涙を浮かべた。眼球を動かすだけでボロボロ零れ落ちそうな涙は、きっとこの娘が何日も何日も溜め込んだものだろう。

「信じてやれよ。娘だろ」
「でも…、私には大切な人が、支えがなくなりました」
「…あぁ?馬鹿言ってんなよ。これでもあのおっさんとはかなり親しかったんだ」

俺を頼れば良い。深い意味はなかったが、あの親父の話の中で、親父を支えていた唯一の存在がこんなところで崩れていくところを見たくなかった。強くあって欲しいと願った結果、とんでもない方向に話を進めてしまったことに若干の後悔を抱きつつ、目を丸くした娘に結果オーライだと感じてしまった。

「……まぁ、あれだ。写経はやめとけ」