桃太郎は頭が痛くなった
桃狩りから五郎八が帰ってきたと思ったら、何故か仕事を放棄した白澤が何故か頬を腫らして一緒に帰ってきたのだ。彼が仕事をサボることは珍しいことでもなかったし、彼がいなくても優秀な薬剤師ウサギと協力すれば店の営業も難しくはないので気にはならなかったが、五郎八と所謂男女の関係を始めると何事もなかったかのように言い出したことには驚いた。五郎八は何時もの調子でニコニコと笑っていたが、白澤の頬の緩みようといったら先日までの険しさが嘘のようである。あれだけ激しく女で遊んでおいて今更五郎八と清純な付き合いができるのかと不安にもなったが、一応祝いの言葉は述べたつもりであった。それにはもう女遊びはしないだろうという意味も込めていた。しかし、彼の今まで築き上げてきただらしなさが一世一代の恋が叶った程度で治るはずがなかった。白澤は遊びと割り切っている女の子しか相手にしないと堂々と言い切った男だ。

「あんた最低か。そろそろ五郎八さん来ますけど」
「えっ、まじどうしよ」
「反省してないあたりが腹立つな。取り敢えずその香水臭いのと胸元の痕隠して」

しかしタイミングが悪かった。ごめんくださいと極楽満月のとを引いたのは紛れも無く五郎八である。あたふたと弾けたように慌て出す男らに御構い無しといったように五郎八は白澤の寝室の戸を引いた。胸元の痕をさらけ出して娼婦が好みそうな甘い香水を纏う白澤に弁解の余地もなく、白澤は固まり桃太郎は背中いっぱいに冷や汗をかいた。五郎八はあらあらと何時もの調子で白澤の醜態を確認すると、お勝手から二日酔いに聞く薬と栄養剤、それかはビタミン剤と一緒にグラスいっぱいの冷たい水を白澤に差し出した。それからまた何事もなかったかのように持ってきたエプロンを付け始めた。あっけに取られたのは男2人の方だった。

「…五郎八?怒らないの?」
「何故ですか?」
「いや、その」
「五郎八さん!ここはガツンと怒るべきですよ!」

少し苛立つ桃太郎に、返す言葉も無い白澤。しかしそんな2人の様子を見ても五郎八は笑うだけだった。そしてまるで当然だという風に言った。

「私のところに戻って来て、私のことを少しでも思っていただければそれでいいんです」

柔らかく笑う五郎八はさながら聖母のようであった。桃太郎はついに行き所のないもやもやを拳に込めて一発白澤の脳天に落としてから仕事を始めた五郎八の手伝いを始めた。毒気の抜かれてしまった白澤は五郎八が用意した錠剤を一気に流し込むと、女の子の連絡先が詰まった携帯をゴミ箱に捨てて余った水をゴミ箱に注ぎ込んだ。