五郎八と鬼灯の間を割った白。
それはもちろん白澤で、五郎八がその先に続けようとせん言葉を聞きたくない一心であったように鬼灯には見えた。

「白澤」
「僕が!」

普段は鬼灯くらいにしか怒鳴らない白澤が五郎八の肩を掴み、揺らすようにして睨みつけた。あまりの勢いにふわりと浮き上がった前髪から、彼が白澤である証拠である目の模様が見えて鳥肌が立った。白澤が桃源郷から2人の会話を一言も聞き漏らさぬようにと見張っていることは鬼灯の想定内であった。あんなに簡単に外出許可を出したのだ。何か裏があることは確かである。白澤の五郎八への執着心の強さにはほとほとあきれ返るほどだった。

「あんな男に囚われてたこいつはな、人並みの幸せも知らずに今度は僕に囚われてんだ!」
「ええ、知ってますよ」
「お前男のせいで石女って蔑まれたこいつの気持ちわかんのか!?僕にはわからない!ただ、そんな生活で幸せじゃなかったことくらいわかる!僕はこいつに人並みくらいの幸せはあげたい」
「はくたく、」
「石女だぁ?だったら僕が幾らでもお前を抱いてやる!気絶するまでだっ!」

そこまで叫ぶように五郎八に告げたところで、白澤は鬼灯の鉄拳を食らってそれは見事に横に飛んだ。五郎八が目を白黒させていると、鬼灯は弁解するかのようにそろそろ鬱陶しかったと告げて殴った右手をさすった。
五郎八はこの状況下には対応しきれずにいた。五郎八はこの何十年間ひらすらに彼を思った。最初こそあの男のトラウマから2度と誰かを愛するかとも思ったが、白澤は優しかった。白澤は暫く一人になりたいと言った五郎八に近くの小さなアパートを与えた。一人で生きていけるようにと一から薬剤について教えた。自分があの男とは違うんだと証明することはなかなか厳しかったが、あの一件以来男と一線を引いていた五郎八に手を出すことはなかった。白澤は五郎八を自分と台頭に扱って自分にも自由があるのだということを教えた。そんな白澤だからこそ五郎八も彼を愛し、桃源郷から出ようとはしなかったのだ。

「五郎八さん」
「…私は理に反しても転生出来ません。あの男を覚えていることは辛いですよ。でも白澤のことを忘れてしまうのはもっと辛いのです」
「そうですか。そういうと思いました。良かったですね。下品でしたがそこに転がってるのの本音が聞けて」
「はい」

五郎八は鬼灯に頭を下げると、気の木陰で伸びている白澤に近づいた。白澤は申し訳なさそうに自分を見下ろす五郎八の顔を伺うが、対して五郎八の顔は朗らかで穏やかのものである。自分の鞄の中からタオルを取り出し水道で湿らせてから赤く腫れ上がった頬にそれを当てた。そして近くに成っていた綺麗な桃を一つ枝から取ると、白澤に差し出した。

「覚えていますか白澤?」
「なにを」
「貴方が初めてくれたのは水蜜桃だったんですよ」
「…覚えてるよ」

五郎八は勘違いをしていた。桃には多幸をという花言葉もあったが、白澤がピンク色の実に込めた思いはそうではなかった。私はあなたの虜。そんな思いを密かに込めていたのだけれど、どうやら五郎八は気づいていなかったようで白澤は何だか遣る瀬無い思いに満たされるが、それ意外にある桃のように柔らかな感情が全てを相殺してしまった。

「…五郎八、好きだよ」
「私もです白澤」


翳 り、