桃狩りに行きませんか
鬼灯のそんな誘いに露骨に嫌悪感を表したのは誘われた五郎八では無く、隣で薬膳の鍋をかき混ぜていた白澤の方だった。鬼灯の手には懸賞で当てたのだという日帰りバスツアーのチケットがある。確かに鬼灯や白澤の周りで桃から連想できる人がいるならば、桃太郎か最近露出度の上がったアイドルのピーチマキ、それからこの五郎八。前者二人は名前に桃が入っているというだけで、桃狩りに連れて行くならば必然的に五郎八が上がるだろう。鬼灯だけでなく、桃太郎でも閻魔大王でも桃狩りに誘うならば五郎八を誘うはずだ。それでも白澤が鬼灯に怒りを隠せないのは、白澤の中の彼女に対する複雑な思いというよりもどちらかと言うと過保護に思う気持ちが優ったのだ。彼女は桃源郷に来てから一度も現世に行ったことが無い。それを自分無しでの旅行など、白澤が許せるはずがなかった。

「駄目だ。大体、なんで僕を飛び越えて五郎八を誘うんだよ。僕を通すのが筋だろ」
「何を巫山戯た。そこまでプライベートが介入する上司など聞いたことが無い。パワハラか」
「五月蝿い。五郎八に休みをあげる決定権を持つのは雇い主の僕だ」

何時もの調子で喧嘩腰の会話を始める鬼灯と白澤の犬猿っぷりに桃太郎は頭が痛くなるのを感じたが、その隣で何事もなかったかのように白澤が放置した薬膳の鍋のかき混ぜを始める五郎八にもその要因がある。五郎八も何時も通りのマイペースな笑顔であらあらとその二人を見つめて止めようとはしなかった。

「五郎八さんは行きたくないんですか?」
「あら、私は確かに白澤に雇われているんですから。白澤の許しが出ないことにはどうしようもございませんもの」
「ちなみに五郎八さん地獄以外に桃源郷の外出たことあるんですか?」
「まさか」
「……白澤様」
「君までそんな顔するなよ!」
「五郎八さん。仕事は俺たちに任せてたまには楽しんできてください。桃お好きでしょう?」
「そうです。こんなド糞に遠慮などなさらず」

そこまで言われると白澤も返す言葉もなく、黙り込むしかなかった。暫くは白澤の顔色をぼんやりと伺っていた五郎八であったが、普段可愛がっている桃太郎の気持ちも無下には出来ないと白澤?と声を掛ける。白澤は返事一つしなかった。お暇をいただけませんか。そう言ったときの白澤の不機嫌そうな顔と言ったら無いだろう。顔も見ずに好きにしなよと言った白澤に、五郎八は少しだけかなしそうに頷いた。



白澤の携帯が鳴ったのは五郎八と鬼灯の桃狩りバスツアーの前日のことであった。かけてきたのは勿論地獄の文官である。白澤は舌打ちを一つしてからボサボサになった前髪を書き上げてから通話ボタンを押した。

「どうも偶蹄類」
「お前は僕に喧嘩を売る為に通話料を使うのか」
「いえ、勿論五郎八さんのことですよ」
「なんだよ。僕はもう寝るんだ早くしろ」

五郎八の名前を出された白澤はまた不機嫌さを露呈させる。先日のやりとりから何と無く鬼灯が言わんとすることがわかっていたのだ。白澤は自分が五郎八を桃源郷に縛り付けている自覚はあった。それは事実であり、彼女は物理的に白澤のそばにしかいられないのだ。

「彼女のことは調べましたよ。…彼女が望むのなら彼女は成仏すべきだ。ずっと理に反して来たんですからね」
「……わかってる」

わかっているがそれは出来ない。珍しく真面目な白澤の声に鬼灯は電話口で舌打ち一つして電話を切った。