バカップル | ナノ


「なまえ」

部活が終わり教室に向かう途中。今年も同じクラスになったなまえがダボダボのベージュのセーターに身を包んでいるところを見つけ、思わず後ろから抱きついた。スカートの半分が隠れ、指先がチラチラと少しだけ覗いていて何ともいじらしい。この彼女には大きすぎるセーターは、去年の夏前の衣替えの時期に俺があげたものである。俺には寸足らずのセーター。もちろん処分しようとしたのだが、跡部のセーターが欲しいなどと可愛いことを言ってくれたなまえに、プレゼントしてやった。俺の物を喜んで身に付けてくれているなまえは本当に可愛い。
しかし、なんだ。今日は何だか様子が違う。
いつもなまえからする甘い柔軟剤の香りが、何者かの香水の香にかき消されていた。彼女は学校に香水をつけてこないし、付けるとしてもクロエだ。この間、間違えて大きなサイズを買ってしまったと嘆いていたし、あのサイズは正直気分が悪くなる量を毎日使わなければ直ぐには無くなりそうにもない。それに間違ったって男物の香水なんて付けるはずがない。とどのつまり、誰の臭いだ。この臭いは。
香水なんて吹きかけられるか抱きつかれるかしないと臭いは移らない。一番思い付くところは男兄弟だが、彼女には男兄弟はいない。そして俺と彼女の周りでこの香水を愛用しており、尚且つ嫉妬深い俺の為に、わざわざなまえにメンズの香水を吹きかけるなんて自殺行為を行う友人は存在しない。ということを前提に考えると、必然的にこの残り香は密着により移ったものだと断定できる。誰だ、なまえを俺の最愛の彼女と知りながら手を出すなどという愚行に走る命知らずは。見つけ次第抹殺してやる。

「おい」
「ん?」
「誰かに抱きつかれたか」
「あ、この臭い?」
「…あぁ」
「これね、自分でやったの」

少しは焼き餅妬いてくれるかと思ってさ。とにっこり笑うなまえに力が抜けてきた。悪びれた様子もなく、満足げに笑うなまえは俺の腕の中でぐるりと一回転し、人の鼻を摘んで遊び始めた。どう考えたってなまえを抹殺することなんて出来ないし、あぁ、俺の苛立ちを返せ。本気で抱きつかれたりしたのではないかと心配してしまった。朝から吐き出した深い溜息はなまえに届くことなく、春の涼しい朝の空気に溶けていく。それでも特に気にした様子もないなまえに仕返しとして、俺が愛用しているムスクのスパイシーな香りがする香水を吹きかけてやったのは言うまでもない。こいつなんて、俺の臭いだけ知ってりゃそれでいい。もちろん暫く続けさせてもらうつもりだ。