バカップル | ナノ


体調が頗る悪い。3月に入ってからだいぶ暖かくなったが、まだ気候は不安定で寒暖の差が激しかったことが原因だろう。それでも何故私は跡部邸の彼のベッドの上に寝かされているのだろうか。あちらこちらから跡部の臭いがして落ち着いて眠れたものではない。

なんでこの様な状況に陥ったのかと言われれば少しばかり長くなる。授業中、先生の話が頭に入ってこないほど頭がぐらぐらしていたのだが、きっと眠いんだということで片づけてしまい、次の時間の体育に出席した。もちろんふらふらの身体で体育がこなせる筈もなく、案の定私の身体に盛大にバスケットボールが直撃した。もう学期も終わりだから男女一緒でいいなーなんて適当なことを言った体育教師のせいで、私はごつい男子からの一撃を喰らったのだ。痛いし床に倒れ込んだ身体は持ち上がらないしで泣きそうになっていたところに、そのごつい男子に仕返し済みの跡部が飛んできた。先程した鈍い音については聞きたくないが、そこで意識朦朧としていた私は気付いたら跡部邸に。確信はないけど、私の知り合いでこんなところに住んでいるのは跡部だけだ。


「あと、べ?」


部屋中をキョロキョロと見渡してみるが、彼の姿は何処にもない。身体を起こしてみてもそれは変わらなくて、跡部どころか誰の姿も見あたらない。熱でぐるぐると回る思考では1人ということが嫌に恐ろしく感じた。身体は暑いのに感覚的には冷えている。誰かの温もりが欲しくてたまらない。怖い。
いつの間にやらパジャマになっている。着替えさせてくれたのかな。サイズが全然違うからきっと跡部のものだ。ごめんね跡部、と心の中で謝罪を述べてからぐちゃぐちゃになってしまった目元を拭った。でもやっぱり袖からは跡部の臭いがする。臭いはするのに。


「あとべ…、あとべ」
「なまえ…?」


がしゃんと音がした方向を見れば、手にミネラルウォーターとグラスを持った跡部が驚きの表情を浮かべていた。そりゃ帰ってきて私が泣いていたら吃驚もするだろう。跡部はテーブルにそれらを置いてからベッドに腰掛けて私のほっぺたを拭った。あとべあとべと子供のように名前を繰り返す私を跡部はあやすように背中をさすった。跡部の手が暖かくて、ぎゅってして、と小さく呟くといいぜと嬉しそうに漏らしてベッドになだれ込むように私の身体を抱きしめた。私は景吾の胸に離れるものかとしがみつき、景吾は離すものかと私を強く抱きしめた。
何回呼んだって足りないよ。跡部。


「あと、べ、」
「今日はいつにも増して強請るのが上手いな。アーン?」
「あとべ」
「俺はここにいるぜ」
「あとべ」
「っ、あんま、その声出すな」
「…え?」
「弱ってるお前は、襲いたくない」


襲ったことないじゃん。童貞じゃん跡部。ぼんやりとした頭で何故明確な突っ込みが浮かんできたのかはよくわからなかったが、私はいつだって跡部に襲われたっていいのにね。だって私はキスからセックスまですべて跡部に捧げる気でいるんだから。


「あとべ」
「…ん?」
「熱、治ったら」


襲って。
たどたどしい口調でそれだけを告げると、安心したのかまた頭がぼんやり白んできた。やっぱり体調悪いんだ。少し寝かせてねと跡部の唇の隣に触れるだけのキスをすれば跡部は生殺しかよ、と悔しそうに呟いて私の胸元に痛みを残した。次に目覚めた時に記憶にある以上に赤い小さな痣が出来ていて、涙目になりながら跡部のほっぺたを引っ張ったのは言うまでもない。むっつり。


「お前が悪いんだろが!」
「しらないしらない!」
「おま、本当に襲うぞ!」