バカップル | ナノ


ハッピーニューイヤー。
下の階からは両親のそんな楽しそうな声が聞こえてきている。私も自室で興味のない人気アイドルグループをたくさん持つ事務所のカウントダウンコンサートを見ているが、なんせ曲がわからない。きらきらとトロッコに乗って輝かんばかりの笑顔を振りまいているアイドル達に恨みはないが、訳分からない。とテレビの電源を切ってベッドにぽすんとなだれ込んだ。あと6時間くらい経ったら友達と初詣だし。跡部はクリスマスから正月にかけてずっと家の用事が立て込んでいて私に構っている暇などないらしい。別に去年もがっくんとか宍戸とか友達が遊んでくれたから寂しいなんて野暮な感情持ち合わせていない。でも過ごせなくたって良いから、顔だけでも見たい。少しだけ声が聞きたい。結局私は跡部に対するわがままでいっぱいだ。
携帯から跡部景吾の名前を引っ張り出してみるが、今は12時30分過ぎ。健康第一の跡部のことだから、シルクのシーツと羽毛布団にくるまれて寝ているだろう。意外と面倒くさがりだから電話したってメールしたって眠りを妨げたものに関しては返信してくれない。改めて考えてみるとと随分と薄情な奴だ、まったく。
仕方がないから今頃家で大暴れているであろうあの幼なじみ組に電話でもしてみようかなぁ。と今度はがっくんの名前を引っ張り出そうと携帯を動かすが、動かない。固まった。何故。
色々なボタンを押してみるが動く気配はない。しかし、代わりに画面には着信と表記される。そして跡部景吾の文字に手から携帯が滑り落ちた。なんで跡部が。


「も、もしもし!」
「遅ぇ」
「ごめん携帯落とした」
「アン?疚しいことでもしてんのか」
「してないよ」


冗談だと笑いながら言う景吾に先程までの会いたいと思う気持ちがむくむくと大きくなっていく。でも彼に迷惑はかけたくないし、なによりもこのお願いは何よりのわがままだ。上擦らないように気をつけて景吾の受け答えに答えながら、ぐっと携帯を握る手に力が籠もる。この電話が切れなきゃいいのに。


「なまえ」
「なに?」
「外出れるか?」
「は?」
「暖かい格好して来いよ。さみぃから」
「寒いって」
「外にいる」


ぶつんと切れた電話をしばらく耳に当てていた。カーテンを開けて窓の結露を適当に拭えば、門の前で携帯を閉じる跡部の姿が確認できた。何でこんなところにいるんだろうという疑問は、跡部に会えるという喜びにかき消された。パジャマだけどいいやと階段を駆け下りてサンダルに足を滑り込ませる。やっかいなチェーンロックを外して勢い良く外に飛び出せば、出て来いと言ったくせに驚いたような表情を浮かべた跡部がいた。私はその勢いのまま跡部に飛びつけば、彼の体は思いの外冷え切っていた。これだけ寒ければ体も冷えるか。


「馬鹿。なんか着てこいっつったろ」
「だって」
「…あったけ」


ぎゅっと力の込められた太い腕に胸がどきどきしている。顔を埋めたダッフルコートからはいつもの跡部の大人びたスパイシーな男性ものの香水のにおいがして、なんだか落ち着く。去年は会えなかったのに。まるで私の気持ちが跡部に届いたみたいだ。


「跡部なんで…」
「…会いたかったから。電車乗ってきた」
「乗れたんだ」
「犯すぞ」


それは嫌です跡部さん。
跡部は私を抱き締める力をめいいっぱいきつくしてから、私を腕から解放すると自分の首に巻き付けていたカシミアのマフラーを私の首に緩く巻いた。跡部が巻いていたおかげでその熱がそのまま私に伝わる。ありがとう、とだらしなく出来上がった笑みを浮かべれば跡部は冷え切った手で私の頬を撫でた。
跡部に会った途端に私の中には暖かいもので溢れてる。なんて単細胞な奴なんだと自嘲してみるが、どこまでいっても嬉々とした感情が上回ってしまう。跡部の右手を暖めるように私の両手に包めば、2人の体温が混ざり合ったような錯覚に陥った。


「さて」
「…帰るの?」
「お前のご両親に新年のご挨拶。んなに悲しそうな顔すんな」
「だって」
「クリスマスから相手してやれなくて悪い。…来年のクリスマスと正月はお前と過ごす」
「あとべ、」
「おら。さみぃんだから入れろ」
「終電あんの?」
「…知らね」


私の背中を押しながら跡部は我が家へと押し入った。別に問題はないだろうとリビングに通せばお父さんは手に持っていた湯呑みをベターに落とした。お母さんは目を光り輝かせている。跡部ってブラックコーヒーしか飲まなかったっけ。と私のマグカップにインスタントコーヒーを入れて跡部に差し出した。


「跡、」
「明けましておめでとうございます。なまえさんと真剣にお付き合いさせていただいております。跡部景吾です」
「え?跡部?」
「以後お見知り置きを」


それだけ言うと跡部はニンマリと笑うと私を立ち上がらせるとマグカップだけ持って、部屋を退室。私にわざとらしくリップノイズを立ててキスをしてから私の部屋に連れ込んだ。その後何があったって訳でもないけど、跡部が会いに来てくれたし、年末の疲れが溜まった跡部の気の抜けた寝顔がみれて私は幸せだ。暫く私の携帯の待ち受けは跡部の寝顔だと思う。