▼ スキ。
私はあるお方からの命で、とある任務により、真選組では入隊した時から今まで本名から何まで全て偽りのものを使っていたきた。だがそれが全て偽りでなければいいのにと思い始めたのはいつからだろうか。
剣の腕を見込まれ、一番隊に配属された私は沖田隊長の補佐も任され共に行動することが多くなっていた。
「葉月、この書類を土方さんに渡してきてくだせェ。」
「わかりました。」
"本当は私、そんな名前ではないんです"
喉元まででかかった台詞を無理矢理飲み込む。あなたに本当の名前で呼ばれたいと願ったところでどうにもならないのだ。ぐちゃぐちゃな感情が自分を襲うが、それにも蓋をした。
夏も終わりかけた頃、私の任務にも終わりが近づいていた。
「2日後"桜界堂"っつーでけ組織に乗り込む。各々作戦をよく確認してしおけ」
副長の真剣な目付き、周りのピリピリした空気、今回の山がどれだけ危険かを物語っていた。
桜界堂…この組織を知らないわけが無い。だって…
ここのお偉い方からの命令で真選組にいるんだから。
私の任務は真選組に近づき、組織の中枢にある近藤、土方、沖田を殺すこと。それがいつの間にか、家族のように接してくれる真選組に居心地の良さを感じていた。しかし、今回のこの件をきっかけに私はすべて失わなければならない。
ならば…
夜、沖田の部屋の前に行き任務だけを隠してほぼ全てのことを打ち明けることを決意した。
「葉月か、はいりなせェ」
「失礼いたします。」
「用件はなんでィ」
「隊長、突然ですが今まで嘘をついていて申し訳ありませんでした。」
「…」
「私は本当は"葉月"ではなく、"名前"と申します。」
突然のカミングアウトに隊長もびっくりされているのか会話が続かない。しばし沈黙が続いたあと、先に破ったのは隊長の方だった。
「……なんでィ、そんなことですかィ。知ってまさァ。お前の名前が"葉月"でなく"名前"であったことくらいとっくに知ってまさァ。なぜ偽名を名乗ったのかは知る気にはならなかった。」
なんで?どうして?
今度は私がびっくりしてしまっていた。
「偽名を名乗っていたのは隊の中じゃ俺しか知らねぇ。何か事情があるんだろうって思っていたし、何よりそれをあんたに言っちまったらあんたが居なくなっちまう気がしたんでィ。」
下を向いて、なぜか悲しげに話す沖田隊長。ねぇ、どうしてそんな顔するの?
「名前…。ずっとそう呼びたかったんでさァ。」
「隊長…」
"私もずっとそう呼ばれたかったんです"なんて言えない。そんなこと言えるわけが無い。
「名前…名前…。」
正面から抱きつかれ、身動きが取れなくなっていた。ずっとこのままこの時間が止まればいいのに。
「名前…好きでさァ」
一瞬、隊長の言ったことが理解できなかった。だがそれが自分に向けられた告白だとわかると自然に口が動いた。
「…私も好き…です。」
そう言った瞬間、唇を塞がれ、息苦しいくなった。でも嫌ではない。するりと背中の帯は解かれ、漸く離してもらった頃には着物は乱れ、酸欠でクラクラしながら隊長に組み敷かれている状態だった。
「隊長…だめです。他の方が…」
「こんな時間、誰も起きてるはずがねェ。大人しくされるがままにしてろィ。」
もうこのまま流されてしまおう。
一度昂った熱はなかなか収まらず、気がつけば空がうっすらと白んでいた。
「隊長、どうしてくれるんですか。私早番なんですけど。」
「俺は遅番なんで関係ありやせん。それと、隊長って呼ぶのやめなせェ。」
「…はい。」
準備があるのでと隊長の部屋を後にし、いよいよ明日と迫った討ち入りに備え他の隊士と打ち合わせや稽古などをし、再び夜には隊長の部屋へ足を運んだ。
流石に戦闘前ということで昨夜のようにはならなかったが、お互いに明日死ぬかもしれないという思いの元、貪るように接吻を交わした。
いざ討ち入りの時、「御用改めである!!真選組だぁああ!!!!」という声とともに私達一番隊は先陣を切って廃れたビルに飛び込んだ。次々に襲ってくる桜界堂の輩。私は本当の目的を果たすため、その輩共はすべて峰打ちにとどめておいた。
しばらくすると都合よく、その場にたっているのが、私と沖田隊長と浪士数人となっていた。
――チャンスはここしかない。
そう思ったとき、一人の浪士が私に斬りかかってきた。
「名前!伏せろ!!」
隊長の言う通り私は伏せ、 鍔迫り合いになっている間に浪士と隊長の間から抜け出した。
――今だ
「名前!大丈夫か!?」
――隊長、ごめんなさい。
隊長が近づき、肩に手をかけたところでするりと隊長の裏をとり、銀色に光る刃を首に当てた。
「なっ…名前?」
最後にその手で私を助けてくれたこと、その声で名前と呼んでくれたこと、その体で私を抱いてくれたこと、全部忘れませんから。
「隊長…
―――首ががら空きですよ?」
―――
偽名=本名になってしまった葉月さん、ごめんなさい!!
20130812 知