▼ 目。
「女扱いはしないでください。」
副長補佐として入ってきて、初めにそう言い放った彼女の目は俺のことを完全に敵とみなしていた。
「甘んじて泣き言言うんじゃねぇぞ、女。」
「…わかってます。」
好戦的な殺気溢れる彼女は俺の興味を惹くのに十分すぎた。
「おい、女。この書類を午後の4時までに仕上げて近藤さんに出しておけ。」
「はい。」
一度不服そうな表情をしたのはやはり俺が彼女を「女」と呼ぶからだろう。そう呼ぶ度に睨まれ、そんな気の強い彼女をめちゃくちゃにして「女」になる瞬間をこの目で見てみたいと思ってしまうのはなぜだろうか。
「明日の夜、違法取引をしている輩どもの屋敷に討ち入る。そこには過激派の浪士達もいるから、各々しっかり準備をしておくこと。以上だ」
朝の朝会で俺がそういうと隊士たちの表情が明らかに変わったが一人だけ正反対の表情をした奴がいた。
紛れもなく彼女だ。
「言っておくがお前は連れていかねぇ」
そういうと彼女の目はすぐに変わり、俺に向かって突っ込んで胸ぐらに掴みかかった。
「なんでだよ…私が女だからか…」
「あぁ」
「初めに女扱いはするなと言ったはずです。」
「でもお前は女だ」
「戦場なら男も女も関係ない筈です。強いものが生きる、それだけです。」
「じゃあ…こうされてもお前は男に勝てると言うのか?」
「っつ…」
形勢逆転。胸ぐらを掴んでいた彼女を押し倒し、左手で両手首を拘束し、右足を彼女の足の間に入れた。
「この状態を打破できねぇんなら、てめぇは女だ。」
「…わかりました。すみません。」
そう言った彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
夜、タバコを吸おうと縁側に座っているとふと彼女のあの目が思い浮かんだ。睨みを効かせた可愛げのない目ではなくなにかを悔やむような涙を浮かべた目。
おいおい…なんであいつのことなんか気にしちまっているんだ…?
「あっちっ!!!」
気がつかぬうちに煙草は灰と化していた。
「そあれあれ?んなとこでボーっとして、鬼の副長ともあろうお方が恋わずらいですかィ?」
総悟が人を小馬鹿にするようにニヤニヤして、俺のところへやってきた。
「んなわけあるかっ!!」
火傷した手をさすりながら言い返す。
「最近来た土方さんの補佐の女…名前…でしたっけ?あいつ俺の好みなんでさァ。反抗的な方が調教のしがいがあるってもんだろィ?」
「なにが言いてぇんだ?」
「別に。俺は名前好きだって言っただけでさァ。」
「言っておくが名前はやらねぇぞ、俺んだ。」
「俺んだなんて、名前は物じゃないんですぜ?」
「わかってら…」
無意識だった。なぜ総悟に対して俺のものだと言ったのか自分でもわからなかったが、そういうことかと理解するのに時間はかからなかった。
「名前まで殺すんじゃねぇぞ。」
そう言って総悟は廊下を歩いて行った。
殺すんじゃねぇぞ"
言われなくてもんなこたわかってら。あいつのことを幸せにしてやる方法なんて、あん時の俺にはわからなかった。同じ過ちを繰り返すなんてマネはしねぇって決めたんだ。
「副長」
「うぉあ!後ろから声かけんな!びっくりすんだろ!」
「申し訳ありません。あの、明日の討ち入りについてなのですが…」
「あぁ。お前もついてこい。足引っ張ったら切腹だ」
「ありがとうございます!!!」驚きの表情からパッと開いた笑顔は魅力的だった。
「そんで、生きて帰ってこれたら俺と付き合え」
「えっ…」
「俺はお前のことを一人の女としてみちまった。お前には女扱いするなって言われたのにな」
バツが悪そうにそういうと、名前はキッとにらんできたがすぐに下を向いた。
「私を女にしないでください…」
「は?」
意味が分からない。
「どうして私が女扱いするなって言ったかわかりますか…?」
「バカにされたくなかったんだろ」
「…いえ。私は副長にあこがれて真選組に入隊を志願しました。あこがれの人の隣にいたいという不純な動機でした。でも、ここはそんな生易しいところではなく国のために命を懸けている人たちの場所だということに気が付いたから私みたいな隊士はいてはいけないと思ったんです。それに、女は恋をすると弱くなるといいます。男性に守ってもらえる安心感に身をゆだねてしまうんです。だから私は自分の思いを押し殺して副長の隣で血に汚れることを選びました。女としての副長に対する気持ちを思い出してしまえば、覚悟は揺らぎ、自分は弱くなる。だから、女扱いはするなと言ったんです。」
真剣な目をしていた。こいつはこんな覚悟があったのに俺はあんなに軽く言ってしまったのだろうという罪悪感にかられた。
「悪ぃ…」
「でも、嬉しかったです。副長にそう言ってもらえて。だからいいんです。これまで通り、部下として扱ってください。お願いします。」
名前が深々と頭を下げる。ちがうだろ。
「んなことできるかよ。弱くなったっていい。その分俺がお前の目の前のやつを斬ってやっから。そんな汚れた手でほかの野郎の手ぇ握れんのか?」
「………」
「どうせ汚ぇ手なんだから、汚ぇもん握っとけよ。」
「……副長はずるいです。」
「あ?」
「そんなこと言われたら返す言葉がありません。」
名前が泣きながら言う。不覚にもきれいだと思ってしまった。やはりこいつはこういう時、女の目をしている。
「じゃあ明日は生きて帰ってくるぞ。」
「はい!!」
廊下をかけていく名前の姿は子供のようだった。
――
20130718 知