銀魂 短編 | ナノ

 憧憬は冬に咲く
 
彼は私との結婚を渋っていた。
私自身そんな彼に強く結婚を求めていなかったが、添い遂げたいと願う気持ちがこれしきも無かったわけではない。愛しているからこうして同棲をして隣にいるのだ。ただ、彼にも思うところがたくさんあるのを私は知っていたから、あの方がまだ彼の中で蔓延っていることを攻めることも蔑むことも出来やしなかった。私を優し過ぎるのではと友達は言ったが、いつかお前だけを愛するから少しだけ待ってくれと不器用な彼が一生懸命伝えてくれたから、私は待つより他無かったのだ。あの方は私と違ってたおやかで美しい方だった。指先の動き一つをとっても彼が恋い慕う理由は聞くまでもなかった。

しかし私の両親はそんな彼が心底気に入らない存在であるらしい。私と彼の年齢は対して変わらないのだから、私と結婚をするつもりがないのなら早いところ別れて欲しいというのが2人の考えだった。あの方との思い出や想いに浸るのは大いに結構だが、娘を手放してからやってくれないと、娘まで婚期を逃してしまうと。だから両親は月に一度私を家に戻すべく、こうして見合い話をひとつ持ってくるのだ。お医者様に幕府関係者。こんな殿方との結婚を夢見ている女性は星の数ほどいるだろう。経済的、表面的な幸せを考えてしまえば、私はここから出て行くべきなのだろう。そして人並みの薄っぺらい幸せを手に入れる。
そう思うと私にはあの方の気持ちが痛いほどにわかるのだ。彼を想っていられるのなら婚期を逃すことくらい惜しくない。取るに足らない小さなことだが、彼が前に進めていないのならば自分はもう大丈夫であると、幸せであると見せるために結婚を選んだ。あの人は短い人生を全て彼のために使った。きっと私とあの方の立ち位置が逆だとしても、私は同じことをしただろう。

「…お母さん、私は」
「貴女がどうしても十四郎さんが良いというのならそれでいいわ。でも貴女の考えは凝り固まってると思うのよ」
「凝り固まってなんか…」
「会うだけでもしてみなさい。案外良かっただなんてことは良くあるんだから。でないと女としての幸せを逃してしまいますよ」

お母さんの言う幸せが家庭を作って子を授かることだとううのなら、私の思い浮かべる幸せとは相容れない。だって私にとっての幸せは例え夫婦の関係になれなくても、彼が隣にいて私の作ったご飯を食べてくれるただそれだけでいいのだから。しかし私が愛する存在の中に母が属しているのもまた事実。あまり私の顔を潰さないでくださいね、ときつく言い放った母に私は首を縦に振ることしかできなかった。少しだけ話をして価値観が合わないなど適当な理由を付けて縁談は断ってしまえばいい。昔とは違って私にだって殿方を選ぶ権利くらいはあるのだから。
大丈夫。そう言い聞かせては見るが、彼に話せば悪い話じゃあないなと言われてしまいそうな気がして少しだけ怖かった。

「やけにめかし込んでるな」
「…母と約束があって」
「どこだ?」
「ええと、八木亭?」
「近いな、送るか?パトカーで」
「……結構です」

しかし来るなと願う日はあっという間に迎えてしまうもので、お見合いの日は今日の11時からだ。彼には少し悪い気持ちもあるけれど、普段着ないような着物を引っ張り出してきたことに気付いてくれたことを少し嬉しく思う自分がいた。八木亭というのは幕府官僚もお忍びで通うと言うくらいの高級料亭。庭園が美しいと謳われていたが、そのようなことは心底どうでも良かった。今日は昼から警護の仕事だからだらだらしてから行くと言っていた彼は寝間着代わりの着流しで私を見送ってくれた。
母とは現地集合ということでここからさほど離れていない八木亭に向かう。お察しの通り、見合いの相手は八木亭を心底お気に召している若くにして官僚になった人物。専ら七光りであるとの噂であるが、ステータスはどれも一級品で母の好みが良く現れていた。結納してしまえば一夜にして玉の輿である。お見合いが済み次第、友達あたりに話を流してやろう。

「おい、名前ちゃんよ」
「ああ、銀さん」
「多串くんはどうせパトカーで送ってくれるだろうから、普通の車で八木亭まで送ってくれ、依頼承知してんぜ」
「お願いしますね」

困った時の万事屋とはよく言ったものだ。真選組の土方の女と認知されていた頃は互いの関係は酷くぎくしゃくしていたが、打ち解けてしまえば良い友達である。彼のパトカー送迎を見越してこうして万事屋さんにきちんと車を手配して貰っている。小さな軽自動車だけどパトカーなんて連行されているみたいでなかなか悲しいものだった。彼には悪いけど母のことも考えるとどうしてもこちらの方がいいのだ。帰りもそこのファミレスで待ってるから声掛けなと言ってくれた銀さんにお礼を言って八木亭に向かった。噂どおり立派な料亭にぽかんとしていれば、母が遠くから私を呼んだ。遅いですよと小言を漏らす母を適当に宥めて指定された一室に向かう。今日は彼が帰ってこれると言っていたから、早く帰って夕食の準備をしなければいけない。しかし買い物もしていないので良くて3時には帰らないと。

「背筋を伸ばしなさい」
「はい」
「粗相の無いようにね」
「はい」

襖の向こうには柔らかく微笑んでいる噂の彼が居る。お付き合いしている殿方はいないのですかと問うた彼に、貴方の部下ですとはとても言えなかった。それから暫く詰まらない話を続けていると、庭の隅に見慣れた隊服があった。嗚呼、彼の言っていた警護というのは私の目の前にいる人物なのか。全身の血という血が爪先に向かって走っていくのがよくわかった。

* * *

「見合いの警護?暇だなおい」
「所詮雑用だからな」

ここ禁煙席なんだけと口にする銀時を後目に、眉を潜めた土方は、胸元から取り出した携帯灰皿に吸い始めたばかりの煙草を押しつけた。禁煙席だとわかっていながらも煙草に火を付けてしまうあたり、彼が余程ニコチンに飢えていることがわかる。むしろ中毒である。何でも八木亭だなんて庭園の広いところで見合いをされると、攘夷浪士の格好の的であるらしい。警護をしている人物の名前を聞けば、政治の世界では有名な重鎮の馬鹿息子であった。確かに撃つには良い的であると納得しながら、銀時は注文したばかりの苺パフェの頂上に乗っかった小粒の苺を咀嚼した。まだ季節前の苺を使っているせいか舌がピリピリと痺れるほど酸っぱかった。

「お前こそこんなとこで何してんだよ」
「俺ぁ、あれだ。送迎の仕事」
「仕事だぁ?誰をだよ」
「お前の女。八木亭まで送ってくれっつーからよ。パトカーは嫌みたいだぜ多串くん」
「あいつ、」

しかし最悪だ、と土方は溜息を漏らす。警護は暇である上に、やっと休憩には入れたと思えば自らが嫌悪するトラブルメーカーがそこにいるのだ。ヤニ切れと相まって、土方の苛立ちを増加させたのは言うまでもないことだ。加えて自分の彼女は自分の送迎を断り、この大嫌いな男を頼っている。沸々とわき上がった感情はまさにマグマである。しかしここで冷静になってみれば、本日の八木亭は貸し切りであるということだ。

「…八木亭?」
「あ?独り言と煙草は禿げんぞ」
「禿げる訳ねえだろ」
「禿げんだよ。で?」
「八木亭は今警戒態勢だ。あの馬鹿息子以外八木亭には入れねぇ」
「んじゃあ、名前と見合いか?裏切られてやんのダセェ」

そのまま銀時に拳骨を落とし、ちょっと行ってくると言った土方はさながら鬼のようである。鬼の副長の異名は伊達ではないということか、と暖房のせいで溶けに溶けたパフェを見つめた。銀時はメニューを開いて抹茶パフェを注文した。

「掴んでねえといなくなっちまうもんなんだよ。人っつうのは」

* * *

七光りのぼんぼんだと聞いていたが、彼はその柔らかな表情を裏切ることのない優しい人だった。小さなことにも気を使ってくれるし、正直なところ、彼とこの男とどちらが共通の話題があるかと問われればこの男の方である。例えそれらに興味がなかったとしても、この男は気を使って話を合わせられるだけの器用さを持っている。彼とこの男はまるで鏡に写したかのように正反対である。これも母の策略なのかと思うと目眩がしそうだ。もし彼に出会わずこの人に出会っていたら、私はこの人と結納をしていたかもしれない。しかしそう思うことが出来るのも、きっと彼がいるからだ。
前に好きだった女性のことを引きずって今隣にいる私を見やしない。そんな彼は端から見れば最低かもしれない。しかしそんな客観的な一般論を得たとしても、私は彼が大好きだ。大好きで仕方がないのだ。

「あの」
「どうかした?」
「私、貴方のことを勘違いしていました。貴方は本当に魅力的で素敵な方です。」
「名前、さん?」
「でも私、貴方より最低で私と付き合ってるくせに他の女性のこと、忘れられないような人」
「…そうですか」
「その人が、大好きなんです」

堅く作った拳の上にぽたりと涙が一粒こぼれた。男はそんな身勝手な私を咎めることもなく、胸元から取り出したハンカチを取り出して私の手に握らせた。その彼は外にいるのではないですか。と優しく私に諭した。ふと目線をあげれば、襖の向こうにはもたれ掛かるようにして座り込んだ影が一つあった。言わなくたって誰だか分かる。廊下から漏れてくる煙たい紫煙に数回咳をしてしとから襖を開けた。
拗ねたように煙草を吸う彼は、私を見上げると良い男じゃねえかと小さく漏らした。

「…そんなこと、本気で思ってるの」
「お前が幸せになれんのは、あっちだな」
「…そう」
「…行かせねえぞ。それでも行くっつーんなら、斬ってでも止める」
「人の婚活邪魔するんだ」
「…彼奴の時はそれで良かった。だが、お前は駄目だ」

結局俺が執着していたのはあいつを振ったことに対する後悔であって、愛なんかじゃなかったのかもしれない。
そうぼそりと言った彼は煙草を美しい庭園に投げ捨てた。その下にあった石は焦げるようにして白に染まっていく。彼の中の何かがその光景に似ていたのだろうか、小さなそれをいつまでも見ていた。

「お前のお袋さんに謝ってくる」
「あの」
「それから」
「十四郎さん」
「近いうちにお前の両親に挨拶に行く」

もう無理だわ俺が。
そう言った彼の背中はやたら大きく見えた。
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副長が幸せになりますように!
story:はる
title:誰花
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