▼ フラッシュバック
光の入っていない死んだ魚のような眼に傷だらけの体。誰かに助けを求めるわけでもなく少女はただただうつろな目をして立っているだけだった。初めは気にもしていなかったがここ最近毎日見るようになりさすがに放っておけなくなった。
「おい」
「………」
少女は顔をこちらに向けるだけだった。
「自分が世界で一番不幸だって顔してんじゃねェよ」
「………」
「親はどうした?」
ぴくっと反応するがなにも言わない。
「ついてこい」
少女は何も言わずについてきた。
***
「あれから10年か…」
土方は屯所の縁側で紫煙を揺らしながら名前としゃべっていた。
「なつかしいねー…」
「あんときほんとお前絶望に満ちた目ェしてやがったな…」
「いやー…幼いながらに死を覚悟したなー…。それよりトシ、仕事戻らなくていいの?」
「いや、そろそろまずいな。見回り行ってくるわ」
「いってらっしゃい」
短くなったたばこを灰皿に押し付け土方は腰を上げた。
―その夜
「トシ…入っていい?」
「あ?いいけど…」
スッと障子を開けて入ってきたのは名前だった。
「いきなりどうした?」
「いや…別に…あの…一緒に寝かせてくれないかな…」
突然のことすぎて頭が追い付かない。いや、追い付いてはいるんだがどうしていいかわからなくなっているのだ。
「め…迷惑ならいいんだ…。」
「いや…かまわねぇけど…。ちょっと待ってろ、予備の布団敷いてやっから」
起き上がり押入れのほうに向かおうとするが名前に呼び止められた。
「トシの布団がいい。」
屯所にすむようになってから一度のそんなこと言ったことがなかったのに…。いや、武州にいたころはあったがよ…。第一もういくつになると思ってんだ…。
そうは思っていてもやはりいろいろ追い付かず「そうか」と言って名前を布団に招き入れた。
入るや否や土方の胸元に顔を埋め、着流しをギュッとつかみ始めた。
「おい、どうしたんだよ?」
とりあえず今わかることは名前の様子がいつもより全く違うことだけ。
「なぁ…名前?」
「………うっ…」
「泣いてん…のか…?」
「…うっく……こわい…」
なぜ泣いているのかわからずただただ幼いころのように抱きしめて頭を撫でてやることくらいしかできない。
しばらくして名前が落ち着きだした。
「ごめんね…トシ…」
名前が口を開く。
「んで、どうしたんだ?」
「思い出しちゃったの…」
「何を?」
「お金に困った親の所為で天人に売り飛ばされて…物の様な扱いをうけて…殺されそうになった時のこと…」
「……そうか…。」
「ずっと忘れてたのにね!!今更おかしいよね!!!もう平気だから自室に戻るね!!」
明るく言って見せるものの名前の体はがたがたと震えていた。
「何処が平気なんだ…がたがた震えてんじゃねェかよ」
「…さっ…寒いから…だよ!!」
「嘘つけ。いいか、名前?親はお前を捨て、一人になった。それは紛れもねぇ事実だ。だけどよぉ…今は俺も近藤さんも総悟もみんなもお前のそばにいる。だから…その…なんだ…あんま無理すんな。」
「うん…」
「一晩俺がついててやっから安心して寝てろ。な?」
そういう土方の顔は暗がりでもわかる、すごく穏やかな顔をしていた。
「ありがと…トシ…」
そう言って名前は土方に抱きしめられながら眠りについた。
―――
20121209 知