「さむっ、」

謙也が溜息に似た息を吐くと白い煙がふわふわ漂う。三月中旬なのに春は一向にやって来ず今日は大阪には珍しい雪も降っていた。ちらつく事なら何度かあったけど、今日は雪の降る加減が激しい。テレビで見る北海道の吹雪に見舞われている様にも錯覚出来た。いや、ただ私が雪に慣れてないからそう錯覚してるだけかもしれないけど。北海道の人は吹雪ではないと断言するかもしれない。ああ、でも今は関係ないか。


「この雪積もるんやろか。」

今にも泣きだしそうな声で呟いた謙也、寒さで耳が赤くなっている。テニス大好き謙也にとって雪が積もったらテニス出来なくなるもんね。積もってもグラウンドを駆け回る謙也を想像して笑いそうになった。

「積もってもいつもみたいにアホ丸出しの顔しながら走ったあかんで?」
「いつも俺はアホ丸出しの顔して走ってるんか…!?カッコいい顔して走ってるって言ってくれ!」

必死な顔してさっきの言葉を撤回してくれとせがむ姿はやっぱりアホっぽいなぁ、と謙也を見ながらそう思った。


「謙也さぁ、そんな風にしてたらいつかコケるで。」
「大丈夫大丈夫。」

雪のせいで地面が滑れるようになったからって浮かれてフィギュア選手の様に華麗に滑る謙也。私の歩くスピードに合わせて滑る謙也にちょっと、ほんのちょっとだけときめいた。それじゃあ私も滑ろうかな、楽しそうに滑る謙也を見るとこっちまで滑りたくなってしまう。ツルツル、ツルツルと滑ると私の靴はスケート靴に地面はスケートリンクに制服はコスチュームになった気がした。小学生に戻ったような感覚になる、小学生の時は雪が降った時はいつもこうやって遊んだっけな。私も年をとったものだと昔を思い出し懐かしむ私自身に笑った。

「う、わっ、」

思い出に耽ってたせいで足元の事をすっかり忘れていた。その瞬間ズルリと私はバランスを崩す。傍にいた謙也の手を縋るように掴むと謙也もバランスを崩して二人一緒にずっこける。晒された足に地面がつく、ひやりとして全身が震えた。

「け、謙也ごめん。」
「お前が最初にコケるでって注意したよな?」

私を茶化すように笑う謙也は私の頭を撫でた。いつもなら言い返すけどやっぱり今のは私が悪い。最悪だ、それなら最初から滑らなきゃ良かったと今更の後悔が募る。


「慰謝料。」
「は?」
「せやから慰謝料。俺を巻きこんだ罰やな!あ、俺今めっちゃホット青汁飲みたい気分やわ。」

厭らしい笑みを浮かべる謙也、昔は慰謝料とか言わない優しい良い子だったはずなのに!てかホット青汁なんて自動販売機に売ってるの見た事ない。テンション上がりっぱなしの謙也を見ると無性に腹が立った。


謙也の胸倉を掴む、学ランとシャツがしわになるけどまぁ良いか。謙也は酷く驚いた顔をしている。もっと変てこな顔になるまで後五秒?

ちゅ、っと可愛らしいリップ音を響かせる。謙也の乾燥した唇には捲れてそうで捲れていない皮がある。その皮を思いっきり歯で千切ってあげた、謙也の唸る声が聞こえると同時にプクっと血が溢れ出る。

「おまっ、何すんねん!」
「慰謝料に決まってるやん。ついでに誕生日プレゼントにしといて。」




お手製の箱庭





顔を真っ赤にさせた謙也が、ついでってなんや!って叫ぶまで後三秒。


20110319

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