ガシャンとシンプルでお気に入りのマグカップが割れた。その破片が私の指を裂く、綺麗にぱっくりと裂けた指の腹はいっそ清々しい。ペットが飼い主に反抗したみたい。痛みはさほど気にならなかった。血がドクドクと脈打って溢れ出す。気持ち悪い、嘔吐感でムカムカする。血を見ると死にたくなる、それは昔からの事だった。こんな汚いモノが私の体中を駆け巡ってるのだと思うと死にたくて死にたくてたまらなくなる。

吐いた。胃はカラッポだから胃液しか出なかったけど。ゴホゴホと強烈な胃液の苦味でむせた。


突発的に家を飛び出して私の足は海に向かっていた。ざざん、ざざんと波が波を飲み込む姿は幻想的だ。満月が海をもっと美しくさせていた。私の持っていない美しさに目を細める。よたよたと私は海を歩く、波に押し返されながらも踏ん張って歩く。裂けた指が海の塩水に染みてズキズキと痛みを放っていたが私はそんなのどうでも良くなっていた。海さん、海さん、私を連れてって頂戴な。





目が覚めた。胸騒ぎが俺を襲う、額には嫌な汗をかいていて気持ち悪かった。いつもなら一度寝れば朝まで起きないのに何故か今日は夜中に目が覚めた。こういう時は海に行きたくなる。眺めるだけでいい、海を感じたい。

ふらふらと海まで来ると涼しい潮風が俺の頬を撫でつけた。今日は満月か。満月は嫌いだ、大切な何かを奪っていきそうな気がしてならない。


グサリと心臓が刃物で刺された感じがした。誰かが入水している。こんな夜中に泳ぐ訳がない、服も着ている。頭に自殺という文字が浮かんで消えた。やっぱり満月は奪っていくのだ、俺の直感は当たっていたのか。

急いで俺も後を追う。スウェットが水に濡れて重く感じるが今はそれどころではなかった。早く、早く、助けないと。目の前で人が死なれるなんて御免こうむる。


「おい!」

掴んだ腕は一瞬木の枝かと錯覚するほどに痩せ細っていた。もう少し強く握れば折れてしまうんじゃないだろうか。

「離して。」
「やめろ、よっ。海で死ぬな。」

俺が露骨に声を低くすると女の腕がピクリと動いた。

「私死ぬなら海が良いの。皆が好きな海で死んだら私の事も好きになってくれそうじゃない?」

だって海の一部になるんだから、そう言って女は引きつった笑顔をはりつけた。

「俺は海で死ぬアンタより生きてるアンタの方が好きだ。」

初対面の相手に好きだだなんて言うのは照れくさいのにポロッと口からこぼれていた。女も少し驚いた顔をしている。

「キミは不思議な人ね。」










企画ふらちなおばけさま提出作品
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -