隣に引っ越してきた人は、基山ヒロトさん。一年以上も隣の家が空っぽで寂しかったから純粋に私は喜んだ。基山さんは息をのむほど綺麗な顔立ちをしていて、そんな基山さんに微笑まれた時は凄く恥ずかしかった。基山さんは、昔、私が通っている雷門のサッカー部に所属していた頃があったらしい。一度、基山さんにサッカーのリフティングを見せてもらったことがある。私は最高で五回しかリフティングが続いた事がないのに、基山さんは数えることを忘れてしまうほどの華麗なリフティングを見せてくれた。

基山さんが隣に引っ越してきてから、少し変わったことがある。両親は日に日にやつれてしまって、お父さんに至っては仕事までも辞めてしまった。数日前に、私は生まれて初めてお母さんに殴られた。私がテストで良い点を取らなかったことに怒ったのか、私がお母さんの言うことを聞かないから怒ったのか、ぐるぐるとお母さんが怒ってる理由を頭の中で探しても全然見つけることが出来なかった。
でも、そんな両親に手がつけられない状態になった時、いつでも基山さんは現れて、私の両親を落ち着かせてくれた。狂ったように暴言を吐き続けるお父さんも、床を包丁で刺し続けるお母さんも、基山さんが来て数十分たつと、いつもの優しい姿になっていた。基山さんが両親になにをしているのか知らない、基山さんは知らなくて良いよと言っていたから。基山さんが家に来たら、私は基山さんの邪魔にならない様自室で過ごすようにしていた。ごくたまに、両親の奇声が聞こえたけど、私は耳を塞いだ。基山さんはお医者さん、両親の病気を治してくれている。私はそう考えるしか出来なかった。


「そろそろ子供にも実験した方が良いのかなあ。」
「…基山さん?」


基山さんはぼそりと呟いた。脈略のない話に私は首をかしげると、基山さんはいつものようにニッコリと微笑んでくれた。私は、この人を信じないといけない。両親を救えるのはこの人しかいない。だから、怖いなんて思っちゃ駄目だ。それでも最近基山さんが怖いと感じ始めたのは事実だった。基山さんは不気味な笑みを浮かべるようになり、たまに私を舐めまわすように見ていた。今もそう、品定めするように私をじっくりと観察している。


「俺ね、新薬を開発してるんだ。」
「ひ、っ!」
「怯えなくていいよ。そうだ、インフルエンザの予防接種ってことにしようか。」
「や、だやだ、」
「大丈夫。気分が良くなるから。君の両親みたいに幸せになるよ。」


基山さんはポケットから取り出した注射を片手に私に詰め寄ってきた。助けを求めようと両親の方に駆け寄っても、涎を垂らしてけらけらと笑っているだけだった。学校で薬物の恐ろしさを学習するために、DVDを見た事がある。どうして薬物にハマるのか、薬物中毒者の実際の行動。今となってはちゃんとそのDVDを見とけば良かったと後悔した。そういえばDVDで見た薬物中毒者の狂った行動は、今の私の両親とリンクしている。いきなり椅子を振りまわしたり、体中を掻きむしったり、考えられない行動をし続けていた。私も、こんな風になっちゃうの?基山さんに捕まったら、私、私は、おかしくなっちゃうの?私は震える手足を必死に動かした。足は基山さんから離れるように走って、手は基山さんを遠ざける為にティッシュやスリッパ辺り構わず投げた。でも、足は思ったように動かず何度も転び、震える手で物を投げても基山さんに当たることはなかった。どんどんと基山さんが近づく。私、どうなるの、?





形容しきれないほど美しい女の人が私の頭を撫でた。真っ白で立派なツバサを背についているあたり、天使か天女さまなんだろうなあと思った。ふと考える、私は何をしてたんだろう。でも今はどうでもいいか。さっきまで何かに恐れていたはずだけど、今は凄く気分が良い。こんなに幸せな気分を味わうのは初めてかもしれない。

そう幸せに浸っていると、ぱっと辺りが真っ暗になった。あの美しい女の人はいない。私一人、ひとりぼっち。いいしれない不安が私をどっと襲った。かゆいかゆいかゆい、気持ち悪いかゆみが全身に伝わる。がりがりと爪を立てて掻き毟る。引っ掻き傷からどろりと緑色の液体が溢れだした、何これ。スライムのようにドロドロした緑色の液体は止めどなく溢れだす。それを拭うと虫のもぎれた手足が液体と一緒に混ざっていた。よく見るとたくさんの小さい虫がうじゃうじゃと私の傷口から這い出てくる。虫が蠢くとかゆくて気持ち悪くて死にたくなった。だらしなく開かれた口からは涎が垂れる、これじゃああの時見た両親と同じ姿じゃないか。びちゃびちゃとゲロを吐いた、嘔吐物は数十匹のゴキブリだった。ばさばさと羽を広げ飛び立つゴキブリの姿は綺麗に見えた。私の周りには虫しかいない。気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!


「 き、やま、さん、たす、けてぇ、」


息もままならない状態で言葉を続けると本当に死んでしまいそうだった。こんな状況ならいっそ死んでしまいたい。それなのに私は、私をこんな目に合わせた基山さんに助けを求めてしまった。ひぃひぃと肺が悲鳴をあげる。辛い苦しいもう嫌だ助けて欲しい。私の必死のSOSは虚しく基山さんの返事はなかった。


20111103
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