ハローハロー、誰かさん。私の声は聞こえてますか?



日本はおかしくなった。平和主義を謳っていた昔の日本とはかけ離れている。中学生のころ、公民の授業で勉強した平和主義の憲法たちはいとも簡単に書きかえられた。私達が高校二年生になったすぐ戦争が始まった、戦争理由は難しくてよく分からなかったけど。
老若男女問わず戦場に駆り出される。家庭科の授業や家の手伝い以外で使った事のなかった包丁は今ではポケットに忍ばせるようになってしまった。どこを刺したら致命傷を与えれるか、どうやって自分を有利な状況に立たせるか。それは全て学校で習った、人に包丁を向けてはいけないよと習った場所でだ。



「よっ!」



ぽんと肩に手を乗せられた。ビクリと心臓が跳ねる、反射的にポケットに手を突っ込む。包丁を探り当てて私は後ろを振り向いた。



「浜野、くん…?」
「おう。ちゅーか久しぶりだな。」



私の肩に手を乗せたのは、浜野くんだった。変わらない褐色肌に私は凄く安心感を覚えた。ぱっとポケットの中で持っていた包丁から手を離した。浜野くんに会うのは二カ月振りぐらいだと思う。男子と女子は別々に戦闘訓練しているから、学校で会うのは難しくなったのだ。二カ月振りに見た浜野くんは、心なしかやつれたと思う。そりゃそうだ、戦争真っ只中だし。食糧確保が難しい今、育ち盛りの浜野くんにキツイだろうし。

浜野くんとは小中高と一緒だった。家も近かったことから異性間では一番仲良くしてもらってたと思う、自惚れじゃなければ。小学校ではただ男の子の友達と感じていたが、中学校に入るとすぐに私は浜野くんを友達以上の一人の男の子として見るようになってしまった。優しくて恰好良くて面白くて、私から見ればこんなに完璧な人はいないと思う。高校が一緒だって聞いた時は天にも昇る勢いだった。



「この戦争、いつ終わるんだろーな。」
「…浜野くんは、戦争終わったら何するの?」
「俺?えー、俺は…。やっぱ釣りとサッカーだなー!」
「浜野くんらしいや。」



切なそうに遠くを見つめる浜野くんを見ると胸が痛くなった。だから、気分を変えようと話題を振ってみると浜野くんの笑顔が見れた、良かった。浜野くんの笑顔を見るとぽかぽかする、やっぱり浜野くんは笑顔が一番似合うよ。



「…どうしたの?」
「俺さ、戦場に出た時、人殺せるのかな。」
「分かんない、や。」
「前は一人殺したら犯罪者で罰せられるのに、今じゃ百人殺したら英雄って称えられるようになったっしょ。」



浜野くんは無理して笑った、辛そうに今にも泣き出しそうに笑った。初めてみるそんな顔。私は浜野くんの笑顔好きだけど、そんな笑顔は好きじゃない。浜野くんは優しいから、怖いんだろうね。戸惑うんだろうね。クラスメートが軍に召集されたのは嫌でも耳に入ってしまう。次の収集に選ばれるのは自分かもしれない、そんな恐怖と浜野くんは葛藤しているのだろう。男子は女子よりも召集がかかる可能性が高い、浜野くんが選ばれるリスクが高いのだ。

浜野くんが弱音を吐露したのを聞くなんて初めてだ、いつも明るくて皆のムードメーカー的な存在の浜野くん。彼は皆の為にもいつものように明るく振舞っているだろう、大丈夫と言い聞かせる為に。浜野くんも同等に底知れぬ恐怖があるはずだ、誰にも打ち明けてなかっただろうその気持ちを私に聞かせてくれたのが少しだけ嬉しかった。浜野くんとそれを共有できるとは思わない、私が思ってる以上に浜野くんは悩んでいるはずだから。そう簡単に応えなんてでるはずがないんだから。



「私は、浜野くんにかけてあげれる言葉も思いつかないし、気の利いた行動もとれない。でも、浜野くんの気持ちは聞いてあげれるよ。浜野くんがスッキリするまで、私に話してくれないかなあ?」



浜野くんは私の話を聞き終わるとはにかんで頭を撫でた、少しだけ浜野くんの手が震えていた。浜野くんは首を横に振って、サンキューと一言呟いた。迷惑、だったのかなあ。



「ちゅーか、そんな弱音ばっか吐くなんて恰好悪い所ばっか見せてたら駄目でしょ。」



照れくさそうに頭を掻いて浜野くんは笑った。きゅん、胸が悲鳴をあげる。やっぱ浜野くんはずるいや。浜野くんは恰好悪くない、世界で一番恰好良いよ。なーんて、言えるはずもなく私は笑って頷くことしか出来なかった。撫でられた頭が今更になって熱くなってきた、そのせいか顔にまでも熱を帯びてきた。恥ずかしい、今絶対顔真っ赤じゃん。



「…最後に会えて、良かった。」
「え、?」
「 ずっと好きだった。」



今、何て言った?私には向けられることはないだろうと思っていた単語が鮮明に私の耳に入ってきた。浜野くんが、私のこと好き?いやいやいや、ありえないありえない。あの浜野くんが私を好きだなんて。浜野くんと目が離せない、浜野くんの瞳には私が映って見えた、吸いこまれそう。
浜野くんは私の言葉も聞かず、走って行ってしまった。私は浜野くんと呼びとめることが出来なかった、言葉が出なかった。へなへなとその場に座り込む。そんな、そんなはず。浜野くんは嘘をついてる目なんかしてなくて、真剣そのものだった。どうしよう、私、どうしたら、いいの。







次の日、浜野くんは戦場に行ってしまった。後から聞いた話だけど、あの時浜野くんは軍に収集をかけられていたらしい。浜野くんの“最後に会えて良かった”はこのことを指していたのだろうか。
国は、戦死した人達の亡骸を遺族のもとへかえさないらしい。それは一種の優しさか、面倒くさいだけなのか。でも私はその国の優しさに縋っているのかもしれない、浜野くんの遺体がかえってこない限りどこかで浜野くんは生きているかもしれないから。どこかで戦っているのかもしれない、もしかしたら怪我の治療をしているのかもしれない。浜野くんが戦場に立って数カ月、浜野くんからは音沙汰もない。でも私は信じている、ひょっこり“ただいま”と言って戻ってくる事を。だってあの浜野くんだもん、きっと大丈夫。その時は、あの時の返事をしなくちゃ。言い逃げはずるいよね。



ハロハロー、浜野くん。私の声は聞こえてますか?今も変わらず、私はあなたが大好きです。


20111027
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