自分と他人の幸せの定義は違うと思う。もし私が派手に転んだら、私は痛くて辛くて不幸せだけど、もしかしたらあの人は私が転んだ姿を見て笑うのかもしれない。笑うっていうことは、幸せなことで。一方が笑える事でも、もう一方は笑えない事なのかもしれない。やっぱり、難しいね、幸せって。


「…そんなことを考えてしまって、作文の提出期限を過ぎてしまいました。」
「ばぁか。んなもん適当で良いんだよ、適当で。」
「うわあ…。なにこのせんせー。」
「こんな簡単な作文も書けないお前に言われたかねぇよ。」


丁度二週間前、“幸せ”というテーマで作文の課題を出された。レポート用紙一枚という少ない課題にも関わらず私は提出期限を過ぎても頭を抱えていた、だって難しいんだもの!何を書こうか、どうやって書こうか、分からない。文字が浮かんでは消えて、その繰り返しだった。提出期限が一週間過ぎて課題を出した先生、不動先生が私を呼びだした。この課題を出してない生徒は私一人だけだったらしい、びっくり。


「先生のさ、幸せって何ですか?」
「…美味い酒を飲んだり、サッカーしてる時だな。」
「あー、先生サッカー超上手だよね。」
「ついでにいうと、俺はお前みたいな面倒くさい生徒を相手する時が一番不幸せだ。」
「ひっどーい。でもこんな面倒くさい生徒を見離さない所が不動先生の良い所だね。」
「うっせー。んな事言う前に手を動かせ、手を!」


不動先生は一見いかつくて暴力的に見えるけど、普通に優しくて面白い先生だ。友達もテストで赤点だらけだったけど、先生の献身的な補習のお陰で赤点を取らなくなったらしい。そんな風に何人もの生徒の平均点をグッと上げた実力者でもある。まあ、友達が言うには鬼の様に厳しかったらしいけど。私も一度その補習を受けてみたい。だって補習の最後には不動先生のお褒めの言葉とエンジェルスマイルを貰えるんだから。不動先生の笑顔はレアで、初めて見た者は鼻血を垂れ流すという伝説もある。うーん、凄い。


「せんせー…。今日はハロウィンですよ。」
「お前が課題を出してたら今頃俺は同僚とハロウィンを楽しんでたぜ。」
「 うっそだあ。」
「嘘だけど。」


不動先生がハロウィンを楽しむ姿を想像すると笑いが込み上げてきた。こんな仏頂面の先生が仮装とかするの?ゾンビ?狼男?ドラキュラ?ああでも、ドラキュラの恰好似合うかも!血吸われたーい、とかね。


「なに笑ってんだよ。」
「ふふっ、秘密。」
「じゃあその事を作文にしろよ。笑ってるんだから幸せなんだろ?」
「あっその手があったか!」


不動先生のナイス助言で私はレポート用紙に字を埋める。何度も行き詰ってたのが考えられないほどスラスラ書ける。まあ内容は不動先生オンリーだけど。うーん、でもこれ先生が読んだら怒るんじゃないかな?まあ良いか。


「完成!」
「おお、やっとか。」
「せんせー褒めて褒めて!」
「あー、よくやったな。」
「…超棒読みだけど許す。」


先生はゆっくりと出来立てほやほやの作文に目を通す。あっ今先生の眉間にしわが寄った。先生は読み終えたのか小さく溜息をついて私と目を合わせた。うわ、何かバイトの面接みたい。ドキドキしてきた。


「内容はどうあれお前にしてはよく書けた方だな。誤字脱字が目立つ、以後気をつけろ。」
「はーい。」
「じゃあもう帰って良いぞ。…暗いから早く帰れ、ほっつきまわんなよ。」


不動先生にちゃんと褒められるなんて初めてだから少し照れくさい。窓に目をやるともう辺りは薄暗かった。先生に心配されるなんてちょっと新鮮。それじゃあ家まで送ってくれたら良いのになあと思うけど心にしまっておく。





「ハッピーハロウィン。」


教室のドアを開けようとした時、不動先生に名前を呼ばれ何かを投げられた。咄嗟に何かを掴むとそれは少し溶けた一口サイズのバナナ味のチョコレートだった。ぱっと先生の方を見ると、少しだけ笑ってる先生と目が合った。うっわ、本当にエンジェルスマイル。


「先生ありがとう、今超幸せ!ハッピーハロウィン!」


思った以上に大きな声だった、先生ちょっと驚いた顔してた。うん、めちゃくちゃ幸せ。もう五枚くらい作文書けそうな勢いだよ先生!先生から貰ったバナナ味のチョコレートは甘くて美味しかった。帰宅途中で鼻血が出たのには驚いた。チョコレートを食べたから?それとも先生の笑顔を見たせい?明日先生に質問しに行こうっと。


20111031
Happy Halloween !!
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テーマ「人外ファンタジー」
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