イチ
ひたっひたっ。子供がスキップしているような足音が聞こえる。心なしか笑い声も聞こえた気がした。私以外誰もいないけれど。しとしとしと。私に雨のような何かが降りそそぐ。体は濡れないし、まず何かが見えなかった。目に見えない透明な何かが私をゆっくり浸食していく。でもそれは、少しも嫌では無かった。むしろ私に何故だか安心感を与えてくれた。
ここは、どこだろう。
ふわふわと体が宙に浮いてる気分を楽しみながら私は考えた。私がいるのは淡いピンク色をした空間だ、生憎私はこんな所一度も来たことがない。不思議な空間だ。
「…お前は、まだ………」
さらりと一度見たら忘れない赤色の髪の毛が揺れた。…サソリさん?本当にいきなり現れたその人に驚いた。何もない所からにゅっと現れたのだ。
「サソリさん、よく聞こえなかったです。」
私がぼうっとしていたためか、それともサソリさんの声が小さすぎたためか。サソリさんが発した言葉は私の耳には届かなかった。それからサソリさんは何も話さなくなり、ただ私を見ていた。
サソリさんの左手の人差し指が無くなっていた。
ニ
苦しい。息苦しさに目を開けると深い藍色をした空間にいた。海底のような、辺りは薄暗く私を不安にさせる。まずこの息苦しさをどうにかしたかった。肺の上に重りを乗っけたように大きく息を吸えない。
ぎゅうっと目を瞑った瞬間、気配を感じもう一度目を開く。サソリさん、いつもと変わらないサソリさんに安堵する。
「さそ、りっさ…」
気泡がごぶっと溢れる。私が口を開けた瞬間、大量の水が口を侵す。苦しい、苦しい、苦しい。さっきまで呼吸は出来ていたのに。喋ったら駄目だったのか。もうよく分からない。脳に酸素が行き届かなくなったのか目が霞んできた。サソリさんはずっと立っていて私を見ていた。
サソリさんの右手の中指が無くなっていた。
サン
ああ、またか。また私はよく分からない空間にいた。何もない果てしなく真っ白で、逆に恐怖感を煽った。前のように喋ると息が出来なくなったのを踏まえて安易に喋らないようにしよう。
「お前、は」
サソリさんがいつの間にか私の後ろに立っていた。サソリさんが話すまで気づかなかった、吃驚して少し身がたじろいだ。
サソリさんの左手の薬指が無くなっていた。チクリと心臓に針で刺された気がした。ほんの少しだけ、痛い。
サソリさんは相変わらず無表情で私を見ている。もう何も喋らないだろうと思った。
どろり。スライムのようにサソリさんの体がとけはじめた。ゆっくりと、ゆっくりと、とける。解ける溶ける融ける。数分もたてばサソリさんは床と融合したように何も無くなった。サソリさんの外套が、着ていた本人がいなくなりぽつりと寂しそうに存在していた。
サソリさんの外套に手を伸ばす。サソリさんがさっきまでいたことを感じさせる温もりは無かった。
20110905