兄の里抜けは、私の人生の中で一番衝撃を受けた出来事であった。両親がいなくなった時も兄はずっと私の傍にいてくれて、ある意味兄が親の様に感じられた。兄に依存しているかと聞かれたら私はイエスとすぐに答えるだろう。私は兄がいないと何もできないのだ。調味料の場所や、私のお気に入りの洋服がどこに仕舞っているかすらも分からなかった。料理だって裁縫だって掃除だって、結婚してもいい年の私は普通の女の子なら出来て当然の事が何一つ出来なかった。なぜならば、そういうことは全て兄がやってくれていたから。兄は顔も家事も才能も完璧だった。若くしてその実力を認められていて妹の私が鼻高々だった。そんな兄を誰も放っておかなくて、たくさんの人に兄は求愛されていた。美人な忍や、可愛い娘、金持ちのお嬢様にも。それなのに兄は女の人には目もくれず、私の世話に明け暮れていた。妹の私がこんなにも兄の足を引っ張ってもいいのか、何も出来ない私自身に自己嫌悪で一杯だった時期もあった。でも兄に、お前はそのままで良いと言われ気持ちが楽になった覚えがある。そして私達は約束した、二人とも結婚しないと。一生私の世話をし続けると兄は柔らかく笑って言ってくれた。


私は、犯罪者の妹というレッテルを張られた。兄は里抜けという大罪を犯したのも関わらず犯罪者組織にも入ったらしい。悲しかった、でもその半面兄が今も元気なんだと分かって嬉しかった。どれだけ里の皆に嫌な視線を投げかけられても、暴行されても、兄が生きていると思うと我慢できた。今頃、何してるのだろうか。傀儡を使って交戦しているの?それとも新しい毒を調合しているの?兄の事を考えると幸せだった。私ちょっとだけだけど料理出来るようになったよ。ボタンも縫い付けれるようになった。昔みたいに、私を褒めて。兄はよく私を褒めてくれた。一人でお留守番出来た時も、洗濯物を畳んだ時も、本を読み終わった時だって。




「……お前、」
「兄、様。」


何年、何十年振りに見た兄の顔は里抜けした時と何ら変わっていなかった。今は私の方が年上に見えるだろう。兄の驚いた顔は凄く新鮮だった、兄もそんな人間味溢れる顔をするんだ。いや、今はもう人間ではないらしいけど。


「ふん、俺にはもう血がない。それでも兄と言えるのか。」
「そんな事言わないで、サソリ兄様。兄様は兄様でしょう?」
「変わらねぇな、お前は。」
「兄様が一番変わってないよ。」


北の方角に数人の気配が感じられた。でも私は動く力ももう残ってはいない、右腕はもう感覚を失っていた。数秒たつと気配は消えた、兄が私の代わりに倒してくれたのだろう。やっぱり凄いや。兄は私に忍術を好んで教えてくれた、兄ほどではないが傀儡の腕前だって他人よりは優れていたと思う。自分の身は守れる程度に私は力をつけていた。


「里抜けって、難しいね。追い人を撒くの疲れちゃった。」
「…なら里抜けしなきゃいい話だろ。」
「だって里抜けをしたら兄様は絶対迎えに来てくれるでしょう?…ほらこの通り。」


小さく舌打ちをした兄の顔は不機嫌そうで、でも少し嬉しそうな顔をしていた。里抜けをして良かった、本当に良かった。兄と喋れて兄の顔を見れて兄の……。ぎゅうっと心臓を絞めつけられたように痛くなった。もっと兄と話したいけど、たくさんの事を報告したいけど私の限界が近いようだ。


「兄様がどうしてあんなに私に尽くしてくれた意味、分かったよ。」
「……そうか。」
「私、一人で、色々出来るように、なったの、」


だから、私を褒めて下さい、サソリ兄様。この言葉は兄には届く事が出来なかった。その代わりに私の歯がカチカチと上下運動を繰り返す音だけが響く。さむい、ここはとてもさむい。ゆっくりと兄の手が私の手を包んだ。寒がってる私より兄の方が手が冷たいってどういうことなの、少しだけ頬が緩む。人傀儡となった兄の体。冷たい手、でも温かく感じられる手、矛盾してるけどそう私は思った。




「頑張ったな、」


目を閉じる瞬間、兄のあの柔らかい笑顔が見れた気がした。


20111003
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