夏が始まろうとしている。
外を出歩くだけでじんわりと汗が吹き出す、半袖を着るようになったし蝉の鳴き声も聞くようになった。そして、俺は、俺たちは、サッカー部を引退する季節になった。
▽△
「サッカー部はいつ引退するの?」
ぱたぱたと手で仰ぎながら俺は数学のプリントをしていた。クーラーが備え付けられていない教室は、蒸し風呂のように暑くプリントに集中出来る訳なんてなかった。
そんな時俺の前に現れたのは、苗字。陸上部にいたころ仲が良かった女子、と俺は思う。俺がサッカー部に変わってから、何となく気軽に話しかけれなくなってそこから疎遠になってしまった。彼女も俺と同じ気持ちだったのか、ぱったりと話しかけられなくなった。彼女とは同じクラスだが夏休みが始まろうとしている今初めて話す。一年近くも俺の為に紡がれる言葉を聞いていなかった為か、苗字の声はこんな声だったのかと再確認させられた。
「夏休みの中旬ぐらいかな。陸上部はいつなんだ?」
「そうなんだ、陸上部は今週の土曜日の大会で引退。」
「そうか。早い、もんだな。」
俺がもしサッカー部に入らなかったら、俺も今週いっぱいで引退していたのかもしれないのか。本当に早いものだ。もう夏休みがあけたらグラウンドには俺達三年生の姿はめっきり少なくなるのだろう。
「私がね、どうして陸上部に入ったと思う?」
「 それは、走るのが好きだからじゃないのか?」
「ふふっ、それもあるけど。一番の理由は、風丸が陸上部に入るって言ってたの聞いたからなんだ。」
悪戯っぽく彼女は笑うと、それに驚いた俺は持っていたシャーペンを落としてしまった。かしゃん、と音をたてて床に落ちた。
「下心で入った陸上部だけど、ずっと練習したり大会に出場してたら、走るのが昔より大好きになって、今じゃあ走るのが趣味になっちゃったんだ。」
「そうか、」
「 ありがとう、風丸。」
「そんな、俺は何もしていないじゃないか。」
「風丸がいなかったら私、陸上はじめてなかったから、風丸のお陰。」
彼女は俺が落としたシャーペンを拾い、俺の机に置いてくれた。そして、じゃあねと言って彼女は立ち去った。
君だけに優しい世界で
彼女の背中が横顔が、大人のように見えた。
20110716