苦しくて、頭が真っ白になった。どれだけ瞬きを繰り返しても、私の首を絞めているのは酷い形相をした父だった。




父、といっても本当の父親ではない。
母は私を産んだと同時に他界した。本当の父親はずうっと前に死んでしまった、その父は随分と乱暴な人だった。薬物中毒、という噂も囁かれていたほど。そんな人に幼少期を育てられた私は、非人間的な扱いを受ける訳で。痛い、私の幼少期の思い出を一言で表すとそうだった。

そんな父は毎日の過度な飲酒と喫煙が祟ってか、私が六歳になった年に血を吐いて死んだ。悲しいなんて思わなかったけど、父の暴力に慣れてしまった私にとっては父に殴られない日々が続くと何かが足りない気がした。


たらい回しに親戚の家に居候させてもらってた丁度三件目の時、現在の父、仁王雅治が私を引き取ってくれた。親戚のおばさんの、私を引き取ると聞いた時のあの嬉しそうな笑顔が今もはっきりと覚えている。


「俺の事は、雅治と呼びんしゃい。」
「まさは、る?」


父、雅治は私がお父さんと呼ぶのを嫌った。自分の名前を呼んで欲しいから、との一点張りだった。小さい頃は“雅治”と気軽に呼べたが、年を重ねると恥ずかしくなってしまい“雅治”と呼べなくなり、いつの間にか私は、父の名前を呼ばなくなった。




父は、それはそれは美しい顔立ちをしていて、何をやらせても優れていた。非の打ちどころが無い、その言葉は父の様な人の為にあるのだろう。父を見たことがある友達は絶対に羨ましがる。「カッコいいお父さん、羨ましい」その言葉を聞くたびに私は優越感に浸った。私より成績が良い子も、運動が出来る子も、可愛い子も、私の父には敵わない。いつしか私の誇れる存在は父になった。


「どうして、アイツはあんな男とっ、」


私は一度見たことがあった、父の酷い形相を。優しげで綺麗な顔が、眉間にグッとしわがより瞳は燃え盛る憎悪に満ち溢れていた。そんな顔が恐ろしくて、目を合わすことをしなかった。

素朴な疑問だった。どうして母はあんな暴虐な男と結婚したのかと。その質問を投げかけると人が変わったように父は、男を蔑んだ。


「アイツは昔から、悪い男に惹かれるタチでな、」
「 うん。」
「俺は結婚をやめるよう施したんじゃが、のう。」
「、うん。」
「あんな奴より、俺の方が良かったんじゃ、それならアイツも死なんかったはず、」


ヒシヒシと伝わる母への想い。この人は、図りしえないほど母が好きだったんだ。私は、好きな女の子供であり、嫌いな男の子供である。男の遺伝子を持つ私を、こんなにも愛してくれている父に深く感銘を受けた。今こうして生きていることも、学校へ通えることも、全部父のお陰なのだ。




私は悟った、どうして今父が私の首を絞めているのかと。
父は自分以外の男が私に近づくのを酷く嫌った。父が愛した母の様に、悪い男に翻弄されないよう。父の温厚に背けるわけがない私は父が勧めた学校に通った。男子のいない、女子小学校、中学校、高等学校、と続いた。

そんな私にも最近彼氏が出来た。友達の紹介で知り合った、優しくて面白い人。父とはまた違った恰好良さだった。彼とデートしていると、父に会ってしまった。怒られる、と身構えたが父は笑って会釈しただけであった。その行動に呆気に取られた。


「お前さん、俺をっ、」
「、やっ、!」


私が帰ってくると同時に父はいつの日か見た酷い形相で私の首を絞めた。憎しみがにじみ出る瞳から悲しみも見られた。苦しい。息が出来ない苦しさよりも、父を裏切ってしまったことへの後悔の苦しみが辛かった。


「ま、さは、る、っ、」




「すまん、すまん、名前、名前!」


父は、私を母と重ねて見ている。今もこうやって母の名前を呼んでいる。私が“雅治”と呼んだ瞬間、父は絞める力を緩め私を解放してくれた。どうして私に“雅治”と呼んで欲しいと言ったのか、どうして私に男を近づけないようにしたのか。父は私が母の若かりし頃のクローンだと勘違いしているのだろう。だって、私の名前を呼んでくれたことは一度だってないのだ。呼ぶのは、決まって母の名前。


「名前?」
「ごめんね、雅治。」






20110619
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