わあっと歓声が窓の外から聞こえる。覗くように歓声が上がった辺りを見ると風丸くんを中心に人が集まっていた。ああ、タイムを更新したんだろう。あのお堅い顧問の先生の頬が緩んでいる。風丸くんは陸上部の期待のエースだと顧問の先生が言ってたっけ。
お魚みたい。初めて風丸くんを見た時そう思った。高く結われている長く綺麗な髪が風丸くんが走った瞬間尾びれに見えた。お魚が走ってる、さらさらゆらゆらさらゆらさらゆら。風丸くんの様な髪に憧れて何度も美容院に通っても一向に自分が想うとおりの髪にならなかった、それなのに風丸くんは特にケアなんかしてないらしいズルイ。


「先生、俺タイム更新したんです。」
「知ってるよ、窓から見てたから。最近自主トレ頑張ってたんでしょ?」

私がそう言い終えると風丸くんは少し照れた顔をして笑った。

「先生、それ楽しいんですか。」
「楽しいよ。やってみる?」

ジャブジャブとたわしが水槽を擦る音だけが室内に流れる。私と風丸くん、と金魚達しかこの空間にはいない。この部屋は生物部の部室で生物部しか入れない、それなのに風丸くんは侵入する。私が侵入を阻止しようとしても自慢の早さで容易く足を踏み入れる。ここ最近じゃあ私は阻止することをやめた、どう足掻いたって入られちゃうもの。

「やります。」
「 冗談だよ、風丸くんは何もしちゃダメ。」
「先生だって女性でしょ?こんな冷たい水で水槽洗うのは男の仕事です。」

ばっとたわしを奪われた。冗談で誘っただけなのに風丸くんに押し付けたみたいで罪悪感が胸を痛めた。私はこれでも立派な生物部の顧問だ、風丸くんは陸上部なのに。私が何と言おうと風丸くんはたわしを返してくれなかった。そればかりか笑って私をからかうのだ。「先生って小さいですね」「うるさいなあ、明日になったら巨人になってるわよ」「それ何回も聞いてますけど先生の明日っていつですか?」「…風丸くんがたわしを返してくれたら」「じゃあ一生明日は来ないですね」





「先生、俺陸上部からサッカー部に移りました。」

知ってるよ、窓から見てたから。いつもの陸上部で練習している姿は見えなくてサッカー部でボール回しをしていた風丸くんを見たんだもの。

「そう、頑張ってね。」

風丸くんの顔は、ぱあっと明るくなって嬉しそうな顔をしてサッカー部の練習に参加しに行った。すぐに練習に行けばいいのに私の所まで報告しにくる辺りが風丸くんらしい。風丸くんがサッカーしている姿を見ると、もずくが走っているように見えた。あれ?風丸くんが走ったら魚を連想してたはずなのに。深く考えずに私は水槽の中の金魚達を眺めていた。





風丸くんが生物部の部室に来なくなった。いや、私が拒否した。サッカーの練習に時間をあてて欲しいのに練習時間を割いてまで私の所に来る風丸くんを私は拒否した。風丸くんのあの寂しそうな顔は今も鮮明に覚えている。初めて、みた顔。

練習姿見に行こうかな。風丸くんが陸上部だった頃よく見に行ってたけどサッカー部に移ってから見に行かなくなった。忙しい、というより心の奥底で行きたくないという感情があったから。サッカーしている姿を見るとどうしても胸が痛くなる、ちくちく。


凄いなあ、そういえば雷門サッカーの試合見るの初めてかも。パワフルなシュートの連発、これが練習だなんて吃驚だ。あ、風丸くんのシュート入った!わっと嬉しくなる気持ちよりも胸の痛みが強かった。ちくちくちくり。風丸くん、どうしよう。あなたがもずくにしか見えないです。


「せんせい、」

風丸くんの声で先生と呼ばれるのに慣れない。凛とした声で堂々とした声で、先生と呼ばれるのが恥ずかしくてたまらなくなる。私そんなお偉くないです。ちゃんと敬語で話す風丸くんの育ちの良さがうかがえた。

「先生!」

ばっと目に飛び込んできたのは水色のポニーテール。きゅっとつり上がった眉、女の子負けしない中性的な顔。あ、風丸くん。あれ練習終わってる?私はずっとその場でつっ立ってたんだろうか。夕日が風丸くんをバックに差していた。


「先生は、…俺がサッカー部になったの嫌なんですか?」
「 え?いや、そんなの、わたし、」
「練習見てた先生の顔、泣きそうだった。」
「ご、ごめんなさい。」
「ねえ先生、」

風丸くんの目が声が顔が、いつもと違って見える。


「先生が俺に陸上部に戻れって言われたら戻るよ。」
「 っ風丸く、ん。」

清々しいほど風丸くんは綺麗に笑った。夕日で風丸くんの髪の毛が反射してキラキラ光ってる、宝石みたい。今ははっきりと魚の尾びれに見える、もずくなんかじゃない立派で美しい魚の尾びれ。

風丸くんが私にため口だった驚きよりも、がっちりと私を離さないように手を重ねる風丸くんの行動に驚いた。私がその手を振りほどけないのはどうしてなんだろう。





20110514
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