海風

「海、行きたい」

それは、旦那のその一言から始まった。


海風


「海、ですかィ?」

「そう、海」

この冬一番の寒気が訪れた今日は、昼頃に万事屋に向かった。
戸の前で声を掛けると、裸足で廊下を歩く音がしてガラガラと戸が開かれた。
しかし現れた旦那は、何処か落ち着かない様子で、本人はきっといつも通りを装って隠しているつもりなのだろう、妙にハイテンションで「まあ入れよ」と俺を中へ招き入れた。
俺に茶を淹れ、自分に苺牛乳を注いでから、旦那は俺と向かい合って座った。
俺は茶を一口啜り、旦那を見た。やけに回数の多い瞬きに、旦那が柄にもなく緊張していることがわかった。
面白くて暫く観察していたが、中々進まない状況に俺は痺れを切らした。
「旦那今日は何だか落ち着きがねェですが、何かあったんですかィ?」
俺がそう切り出すと、旦那は大袈裟に肩をビクつかせて、何でわかったんだとでも言いたげな顔をした。
「いや、アンタの顔見てればわかりまさァ」
「おまっ…心が読めるのか!?」
「顔に書いてありやした」
「まっ、マジでか!?」
それから旦那の動揺は目に見えて募っていった。俺はそれが可笑しくてつい笑ってしまった(笑ったと言っても口端がほんの少しだけ上がっただけだが)。それでも旦那は―――旦那だからこそと言うべきか―――その僅かな変化に気付いて笑うなと文句を垂れたが、その耳は真っ赤に染まっていた。
「で?何があったんです?」
「いや……………特に何も………」
「……何もないんですかィ?」
「いや……何かあった訳じゃねぇよ…」
あれだけそわそわしておいて…と思うが、旦那は照れくさそうに首筋を掻いた。
「その…………」
「………………」

「海、行きたい」

そうして冒頭に戻る。

「何でまた海なんかに?」
俺は海へ向かう車(パトカー)の中、助手席に座る旦那に問いかけた。念のためもう一度言っておくが、今は冬だ。おまけに今日はこの冬一番の寒い日だ。寒がりな旦那が何故寄りによって今日と言う日に海なんかへ行きたがるのか。
「うーん………あの………さ、」
「はい?」
「今日、何の日か、憶えてる?」
「え?」
質問が逆に質問で返され、俺は一瞬思考が停止しかけたが、すぐに頭をフル回転させて今日について考える。
今日は特に何か国で定められた特別な日って訳でもない。開国記念日でもなければ終戦記念日でもない。
ってことは何かの記念日………
「………あ、」
そうだ。今日は――――
「一周年、記念日でしたねィ」
「…………うん…… 憶えててくれたんだ…」
旦那は、そう最後に小さく呟いた。

そうなのだ。今日は一周年。俺が旦那に想いを告白したあの日、つまり去年の今日から、ぴったり一年になるのだ。
旦那はそれを憶えていたのか。
「…………旦那って、以外と乙女なんですねィ」
「うっ、うるせぇ!! 良いだろ別に……!! ………嬉し、かったんだ、よ………!」
「…………!」
何てこった。
何だこの可愛い生物。
「そんなの……」
「―――え…?」
反則ですぜ。


「海だー!」
到着した海は寒空の下、空の色を映していた。
冷たくとも、澄んだ空気は肺を心地好く満たしていく。
塩気を含んだ海風が、旦那の銀髪をさらさらと揺らした。
赤くなり始めた空が、旦那を仄かに赤く染める。
一言で言い表せば、そう―――
「綺麗でさぁ」
「ね!やっぱ来て正解だったなぁ!」
「違いますよ、海でも空でもないですぜ」
「え?じゃあ何が?」
「それは勿論、―――銀時さんが」
「はぁ!?」
途端に顔を真っ赤に染めて、バッカじゃねーの!! と叫んだ。
「銀時さん、ずっと傍にいてくださいね。離す気はないですけど」
「………………バッカじゃねーの…」
旦那はピタリと動きを止め、俺と向かい合って立った。
太陽の逆光になっていて、旦那の顔は何だか幻想的に見えた。
「離れねぇよ。沖田くん………いや、総悟」
「! ………それは、安心ですね。良かったでさぁ」
俺は旦那に静かに、少しずつ歩み寄った。旦那はその場から動かなかったけれど、海から吹いてくる風に煽られ顔の前にくるマフラーをそっと戻ってこないように後ろへ巻き直しながら、俺を待ってくれた。
そして俺の身体が旦那の身体とすれすれの距離に立った時、旦那はゆっくりとまばたきをひとつした。
愛しさが溢れてくる。
この人が好きだ。
「銀時さん、愛してる」
「俺も愛してるよ、総悟」言葉を返してくれた旦那に満足し、心が満たされるのを感じながら唇を重ねた。
季節外れも良いもんだ。

fin.

提出:3月3日
執筆者:上野真知


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