ふわふわの不透明

※未成年が飲酒する場面がありますが、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。フィクションとしてお楽しみください。




ローテーブルの端には、既に熱を失ったたこ焼きプレートが寂しそうに置かれている。一方真ん中には何やら年代を感じる瓶が一本とそれを取り囲むように五つのグラスが置かれていた。ゴクリと誰かの喉がなる。意を決した歌姫が瓶を手に取った――。



五条くんと夏油くんが歓迎会に加わり、数時間。思ったより場は賑やかだった。五条家の事情や各々の術式のことについて話が出る度、話題を振られないかビクビクとしていたが、今のところ何とか切り抜けられている。一年生の術式がかなり貴重なものだったのと、私の事情を全て把握している歌姫が、それとなく私から話題を逸らしてくれているのが有り難かった。そして、中でも一際盛り上がりを見せたのは。


「家入さん、反転術式が使えるの!?」
「あはは、それほどでも〜。四肢が千切れても持ち帰ってさえきてくれれば多分、くっつけられるんで」


これには目を瞬いてしまった。反転術式を他人にまで使える人を見るのは初めてだったが、想像以上にすごい世界である。反転術式を習得すれば術式のない私でもこの界隈で需要が出てくるというもの。コツがあるなら教えてほしいと食い気味にお願いすると、家入さんは顔の横に人差し指を立てた。


「ひゅーひょいっ、ですよ」


家入さんの指が、くるりと回りながら右から左へと半円を描く。それを四人の視線が追った。


「ひゅー……ひょいっ…………?」
「硝子さぁ、マジでそれしか言わねぇよな。説明下手か?もうちょいこう…何かねぇのかよ」
「だから〜ひゅーってやってひょいっだって。マジで分かんねぇの?センスねぇ〜」


これ以降家入さんの"ひゅーっとやってひょいっ"を何とか実践しようと躍起になった四人があーでもないこーでもないと色々な方面から考察を繰り広げた。…正確に言えば五条くんと、歌姫と、私の三人である。夏油くんだけはこういった呪力操作を思考するのがどうやら苦手らしい。早々に頭から湯気を噴いてフリーズしていた。


しばらく続いた論争から一度意識をそらすと、準備した飲み物がずいぶん少なくなっていることに気が付いた。談話室に何か置いていないかな、と席を立ち、備え付けの冷蔵庫の扉を開けた。すると、ドア側の収納に見慣れない瓶が一本入っているのが目に入った。


「なにこれ…」


恐る恐る手に取り、ラベルに目を通す。


「…ヴィンテージ、ビール?」
「――っ!これ…っ!」


いつの間にか私の肩越しに冷蔵庫を覗いていた歌姫が声を上げた。その声に一年生三人もわらわらとこちらに集まってくる。


「んだよ、コレ」
「随分年代物みたいですね」
「……飲んでみた〜い」
「アンタら知らないの!?」
「何を?」
「東京都立呪術高等専門学校七不思議が一つ。毎年卒業を間近にした四年生が談話室で発見するヴィンテージビール――」


――事の発端は数十年前。卒業を間近にした四年生が集まって、高専の各所を巡っていたらしい。いよいよ一行は談話室へ。置きっぱなしになった漫画や、ボードゲームなどを各々手に取り、懐かしんでいたその時、一人が冷蔵庫の扉の隙間から漏れる光に気付き………。
それ以降毎年欠かさず卒業の時期になると冷蔵庫に一本の瓶ビールが入っているという。それを飲むのが卒業の恒例行事になっているそうだ。


全員がビシリと固まった。


「……そ、そんなのあるの?」
「だいたい呪術を扱う呪術高専で七不思議って。考えた奴バカだろ。…冷蔵庫光ってねーし」
「意外とバカにできないよ。高専内で天元様の結界にまで影響を及ぼす呪いをチマチマ作ろうとしてる人がいるのかも」
「そもそも全然卒業間近じゃないしな、今。夏だよ、夏」
「えぇ〜…?」


手に持っていた瓶を後ろから伸びてきた手がひょいっと奪い取る。五条くんが手に取ったそれを興味深そうにくるくると回すたび、くすんだ表面に蛍光灯が鈍く反射して光った。


「異常ナーシ!」
「なんだ、つまらないな」
「つまんねぇ〜」
「は、はは......」


夏油くんと家入さんが同じように下唇を突き出したのを見て、何とも言い難い笑いが込み上げた。



――そして、話は冒頭に戻る。


歌姫がどこからともなく持ち出した栓抜きで蓋を開けた。ポンッという小気味いい音が談話室に響く。所々こんなふうに未成年飲酒の証拠が残っているのがこの高専の悪いところであると思う。


「……あー、俺はやっぱやめとこうかな。毒とかだったら目も当てられねーし」
「何だい悟、ビビってるのか?」
「マジかよ五条。ダッセー」
「あ゛ぁ゛ん!?んな訳ねーだろ!」
「過去の先輩たちから倒れた人がいるとか、そんな話聞いたことないから大丈夫だとは思うんだけど…」


卒業を盛り上げるために先輩たちが年々、後輩へ用意してくれている伝統なのだろうか。いずれにせよ、好奇心に弱いメンツが集まってしまっているのが仇になった。結局一人が開けてみる?とそれとなく提案したらその後はなけなしである。


小さなグラス一つ一つに濃いめの色をしたビールが少しずつ注がれていく。自分の前に置かれたグラスを手に取り、蛍光灯に透かすと光がグラスに溶けて、ひどく綺麗に見えた。こうやって青春というものは積み重なっていくのかもしれない。


「全員行き渡ったわね?」


歌姫の声にゴクリと全員の喉がなる。合図もなく、私たちはグラスを合わせた。そして、時を同じくしてグラスを勢いよく煽った。


「……うま」
「飲みやすい」
「ちょっと甘みがあるのね」
「うん、フルーティーで美味しい」
「……………………………………」


――トサッ。


耳を掠めた柔らかい感触と急遽重みを携えた肩。


「え……」


次の瞬間、私は予想もしていなかった光景に目を見張った。


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