ふしあわせの緩衝材

寮の共有スペースである談話室。普段閑散としがちなここには意外にも色んなものが揃っている。部屋についているものより幾分か広く、使いやすいキッチン設備、冷凍庫付きの冷蔵庫、無駄に60インチもあるテレビ、その他生活に必要なもの諸々。
部屋に据え付けられた棚の奥にもう随分と見なれた箱を見つけて、引っ張り出す。それを抱えて、歌姫と家入さんの前に出すと、2人はニンマリと笑った。



『今日はたこ焼きパーティよ!』


冷蔵庫から振り返った歌姫は食材やら飲み物やらを腕いっぱいに抱えて、快活な笑顔を見せた。何せ今日は華金である。元々二人は夜ご飯を共にする予定だったらしい。そこで私が合流したなら、とこれまで開催できていなかった家入さんの入学祝いをしようと話が纏まった。歌姫がことの流れを説明している間、家入さんが楽しそうに笑っているのを見て、頬が緩んだ。歌姫は人柄が良いから心配には及ばないけれど、できるだけ多くの良い仲間に囲まれていてほしい。…私はもう少しで歌姫の傍にいられなくなってしまうから。


「名前さん!」


突如として呼ばれた名前にハッと意識を戻す。目の前には窓から差し込む西日を集めてキラキラと輝くまん丸のたこ焼きがあった。


「はい、あーん」


家入さんがこちらに差し出してくれていたたこ焼きを口の中に入れると、とろりと生地が舌の上で溶けて旨みが全体に広がった。


「ありがとう。美味しい……!」
「ですよね〜」


思わずキラキラと目を輝かせると、先程からピックを握り続け、懸命にたこ焼きを生成してくれていた歌姫が得意げに笑った。


「……少しは元気が出たみたいじゃない?」


歌姫の言葉が胸の辺りに温もりとなって染み渡っていく。再び眉間にせり上がってきた熱を何とか押さえ付けて、私も笑った。


「……うん。ありがとう、歌姫。でも今日は家入さんの歓迎会だものね。家入さんにもっとたくさん食べさせなきゃ」


そう言って私もピックを握り、目の前でふるふると踊るたこ焼きに向き合った。



準備したたこ焼きの液が残り少なくなってきたところで、歌姫が席を立った。特に気にせず家入さんと談笑すること数分。気まずそうな顔をした歌姫が入口からひょっこりと顔を覗かせた。


「どうしたの…………」


問いかけようとしたところで後ろに背負った大きな影がふたつ見え、私はギョッと目を見開いた。


「いや〜歓迎会って言う割に俺らが呼ばれないってどういう了見?上級生が差別ですかぁ?」
「そうですよ、これだけ男女の均等が騒がれている中でまさか四年生の先輩が一年生の男子だけを差別するなんて。いやいやまさか、ねぇ?」


大昔の悪代官もびっくりな悪い笑顔をたずさえた五条くんと夏油くんだった。今日はいわゆる女子会!みたいな印象でそんなに悪いことをしているつもりはなかったのだけれど、二人がまるで嬲るように言葉を重ねるものだから、なぜだかとてつもなく自分がしていたことが悪いことのように思えてきた。いよいよいたたまれなくなり、私はげぇ、と顔を顰める家入さんに体を寄せた。


「もうほとんど残ってないじゃん。俺らがたまたまコンビニ帰りで良かったなぁ、歌姫」
「……」
「コラコラ、悟。歓迎してもらう方にも礼儀がなくちゃ。これはその気持ちだと思って」
「コレとコレは俺が食うからオマエらは無しね」
「……入れてほしかったんなら素直にそう言えよ」


家入さんの心底あきれた声に、あれってそういうことなの?と問いかけると、清々しい笑顔が返ってきた。


「アイツら二人とも反抗期のクズなんで。言ってることイチイチまともに受けてたらキリないですよ」


やはり歯車はどこか正転とは別の方を向いて、回り始めてしまったらしい。あれほど関わらないと決めつけていた一年生の"粒ぞろい"さをまさかこの目で確かめることになるとは。災難か、はたまた幸運か。ただ、ローテーブルの向かいに腰を下ろした大きな男の子二人の笑顔はどこまでもキラキラと年相応に輝いていた。


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