凍る精彩

今年入ってきた一年生三人は粒ぞろいなのだと、同級生の歌姫から聞いたのは、心地良い春をすぎた7月初旬になってからだった。そういえば寮にひとり女の子が入ったようだけれど、ほとんどすれ違うこともなく生活していたなぁ、などと考えていると、座っていたベッドがボフンッと大きく凹んで素っ頓狂な声を出してしまった。歌姫は震える拳で自分のベッドを思いっきり殴っていた。そして、プルプルと肩まで震わせ、憤慨した。


「生意気なのよ!アイツら!!!」


前髪が吹っ飛んでいきそうな声量に、思わず目をまん丸くしてしまった。あんなにも面倒見の良い歌姫が後輩のことで怒っているのを見たのはこの時が初めてだったから。


よくよく話を聞くと、中でも目立っているのは入学前から噂になっていた"六眼、相伝の術式持ち五条家次期当主"らしい。


「出会って早々名前呼び捨てにされるわ、弱いとか面と向かって言ってくるわ!!!先輩は敬うべきだろうが!」
「…な、何というか、さすが五条家のお坊ちゃまって感じだね」


私はせいぜいそう返すのが精一杯だった。


「歌姫が弱いって言うなら、私なんて目にも入らないかも」


何とか歌姫の気を紛らわせようと、冗談めかして笑うと歌姫は不機嫌な顔を崩さずに、


「それならそれで好都合。関わらないのが一番よ、あんな奴。アンタにまで舐めた口聞いたら、私がぶん殴ってやるわ」


と言っていた。どうやら作戦は失敗のようだ。


実際、私は卒業して呪術師になることはないし、実践の授業や任務はもうあまり受けていなかったから本当に"噂の新人"には関わらないで済む、とこの時はそう思っていた。



授業が終わり、歌姫と寮に向かう廊下を歩いているとやたらと大きな体の二人組が曲がり角から現れた。どちらも見覚えのない顔をしていたから、あぁ、あれが噂に聞く、とふと思ったが、私の制服を引っ張った歌姫がこちらを見て首を振るものだから私もひとつ頷いて穏便に横を通り抜けようとした。


「歌姫じゃん」


…そんなに上手くいくわけがなかった。話を聞く限り、五条家次期当主は歌姫を揶揄うのが趣味のようだから。私は困ったように歌姫の方を見た。すっかり目が座ってしまっている歌姫は大きく息を吸って、吐き出した。


「…呼び捨てすんじゃねぇよ!!」


……何となく、五条くんが歌姫を揶揄う理由がわかってしまった気がする。そのまま言い合いを始めてしまった二人に間違っても巻き込まれないよう、私は少し距離を取った。


「すみません、悟が」


廊下の壁に背を預けているとすぐ隣に大きな影が出来て、私を覆った。先程、五条くんと肩を並べて歩いていた男の子だった。確か、名前は夏油くん。同じように廊下の壁に背を預けて、こちらを覗き込むように背を曲げている。柔らかな表情と、声から随分と人当たりの良さそうな子だな、というのが第一印象だった。歌姫から聞いた話では彼も同じようなもん、らしいが。


「いえ、歌姫と五条くん、いつもあんな感じですか?」
「ええ、悟が先輩に良くちょっかいをかけるので…」
「…程々にしてあげてくださいね。歌姫も立派な呪術師だから」


眉を下げると、夏油くんはどこか驚いたように切れ長の目を丸めていた。


「……ところで先輩とお話するの、初めてでしたよね」
「そうですね。私はあまり後輩と関わる機会がないから。苗字名前です。ご挨拶が遅くなってごめんなさい」
「夏油傑です。先輩なんですから敬語、いらないですよ。気軽に話してください」
「ありがとう。夏油くんもあまり気を遣わないで…」
「オイ、傑」


話の途中に刺さった鋭い声に目線をあげる。ズレたサングラスから覗いた宝石を集めたような瞳と視線が交差して、どくりと心臓が大きく鳴った。しかし、交わった視線は直ぐにそらされてしまう。


「校内でまでナンパしてんじゃねぇよ。早く帰ろーぜ」
「……悟も似たようなもんじゃないか。では、名前先輩、また」
「はい、夏油くん。また」


ヒラヒラと手を振るとにこりと笑って会釈を返してくれる。やっぱり夏油くんはいい子そうだ。五条くんの言い方は少し気になるけれど。いつの間にか私の隣に戻ってきていた歌姫がグイグイと私の腕を引っ張る。


「私たちも早く帰るわよ!あぁ、時間無駄にした!!」


そのまま、夏油くんと五条くんとは別方向に歩き出した私に、二人の小さな噂話が届くことは無かった。


prev  top  next
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -