君のために終わらないお話

――暑い。―――――いや熱い。


血が沸騰しているのかと錯覚するほど、体が熱い。体を動かそうとしても、まるで鉛に押しつぶされているように体が重く、何も出来そうにない。


「……水…」


堪らなくなって吐き出した声はスカスカに枯れ果てていて、ほとほと嫌気がさした。誰かが大きな声で叫んでいるような気がするけれど、それが頭の中なのか、それとも外なのか、もしくは幻聴なのか。何一つわからない。まぁ、いっか。もう――。


「……もう……、死んでもいいやぁ…」
「――ふっざけんじゃないわよ!バカ!!早く戻ってこい!!!!」


耳元を襲った衝撃と、バッチーン!という破裂音に勢いよく脳が覚醒した。先程まであれほど重かった瞼もあまりの衝撃にぱっちりと開く。開けた視界の先に浮かぶのは見慣れた自室の天井と、こちらを覗き込む歌姫の顔だった。その目には溢れんばかりの涙がきらきらと光っている。


「歌――」


何か言わなくちゃ。反射的に口を開いたすぐあと、体に乗った重みが私の言葉を遮った。顔のすぐ横あたりの枕へ埋まった頭からずびずびと豪快に鼻をすする音が聞こえる。思わず情けない笑いが零れたのをあえて私は隠さなかった。


「久しぶりに任務に出たかと思ったら、血まみれで帰ってくるわ、なかなか意識は戻らないわでほんっとどうしようかと思ったんだから…。あんまり心配させんじゃないわよ、このバカ」
「……ごめん。正直助からないかと思っ…」


そううっかり口に出すと、また一つ鉄拳が脳天にめり込んだ。歌姫が視線を鋭くしてこちらを睨む。


「い、痛いよ……」
「……硝子がいなかったら、そうなってたかもしれないんだから後でちゃんとお礼言っときなさいよね」


『ひゅーひょいっ、ですよ』


「反転術式かぁ〜……すごいねぇ…」


人差し指を立てる硝子ちゃんを思い浮かべて、深く納得した。毒の廻り、臓器の損傷、出血量。どれを鑑みても、少し前なら私はやっぱり助からなかったはずだ。まだ痛みの残る傷口を包帯越しに撫でると、もう遠い事のように感じていた任務地の情景が、色鮮やかに頭の中へと射し込み、ハッと息を飲んだ。


「男の子!」
「ハァ?」
「任務先で男の子がいて…!呪詛師のようなことをやらされてて…!助けたかったんだけど、私途中で気失っちゃったの!あぁもう私のバカ!ポンコツ!!!」
「あぁ、それなら……」


勢いよく体を起こした私に目を白黒させていた歌姫が、ほんの少しだけ眉間に皺を寄せて、視線を逸らす。その様子を見てしまった私は、さぁっと頭から血の気が引いていくのがわかった。かかっていた掛布団を薙ぎ払ってベッドから飛び出したけれど、体が上手く動かず無様にお腹から着地する形になってしまった。


「ちょっと!落ち着きなさい!」
「……どうしても助けたかったの…!助けなきゃダメだったのに……!」


じわじわと目の前に膜が張っていき、ゆらゆらと視界が揺れる。寮の床を狂ったように這う私にすかさず跨った歌姫が、私の両脇あたりをぎゅうっと抱え込むように掴んだ。強く触れられた傷口から痛みが全身に伝染し、勢いよく体が跳ね上がる。


「痛ぁッ!?歌姫!そこ!傷!!!」
「その傷が開くから落ち着けって言ってんだろうが!その子なら五条が夜蛾先生と手引きして高専が支援してる施設に行ったっつーの!!!」
「……………………え?」


首を後ろへ捻ると、呆れたように歌姫がため息をついた。


「…五条が――」


『名前センパイが起きたら言っといて』


「って」
「………………」


私は目を何度か瞬かせた。歌姫が下唇を突き出して不機嫌そうに続ける。


「何だか珍しく辛気臭い顔して、アンタが療養してる間毎日ココに顔出してたのよ、アイツ。…ま、体が動くようになったらそっちにも会いに行ってやんなさい」
「……うん」
「ねえ、ところで」
「うん?」
「アンタ、自分でベッド戻れる?」
「………………あ、」


ひとまず床に手をついて、腕に力を込めてみたけれど、自分の体を支えるまでもなくパタリと砕けた。ちなみに脚も全く同じ。体のありとあらゆるところに力が入らず、私は無様に床に転がった。ニコッ!となるべく元気よく笑ってみせたが、笑顔が返ってくることはなかった。


「ほんっとにバカ!!!」


歌姫のご機嫌は再び沸騰したのだ。何とか私を抱え、やっとの思いでベッドへと入れた歌姫がひどい息切れを起こしているのを見て、三度目の拳が飛んでくる前に口を開く。


「ありがとうね、歌姫」


私の言葉に歌姫は上がりかかった目尻をたっぷり時間をかけて下げ、最後には柔らかく笑った。


「おかえり、名前」



『まだ完治したわけじゃないし、毒も体に残ってる。もうしばらく体を休めなさい』


一通り世話を焼いてくれた歌姫が去り際に残した言葉のとおり、私はまた熱に魘されていた。寝ているのか、薄ぼんやりと覚醒しているのか。まるで意識の狭間に迷い込んだような感覚でいる。すっかり溶けて、温くなった氷嚢を変えることすらままならない。そんな状態の中どれほどの時間が経ったのだろう。頬を滑る冷たい感触に意識が揺らいだ。火照った体には、冷たいそれがとても気持ちよく、私は縋るように顔を擦り寄せる。仄暗く、霞んだ視界の先に、いつからか心の奥底で欲するようになった青色が見えた気がした。


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