灰まみれ光の根元

「一般人が多数参加する条件での祓除任務ゥ?」


広い教室にぽつりと浮かぶ三つだけの座席。その一つに横柄な態度で腰掛けた五条くんが、教室に響き渡るほどの声量で刺々しく言葉を発した。あまりにもわかりやすく機嫌が悪いので、隣に座る私は反射的に肩を縮こめたが、教壇に立つ夜蛾先生は違った。


「うるさいぞ、悟」
「……チッ。俺の術式が一番向いてないでしょ。そーいうの」
「最後まで聞け」


夜蛾先生の毅然とした態度は素晴らしい。ぜひ見習いたいとすら思う。しかし、先ほどから教室を漂うピリピリとした雰囲気がずっと濃くなってしまったような気がして、どこまでも弱虫な私はやっぱり背中を丸めることしかできなかった。


「神社の大祭が決まった日時どおり開催される条件でしか顕現しない呪霊だ。祭りに参加した近隣の部落の人間や、観光客が、"毎年必ず二名"行方不明になっている」


私の肩がぴくりと震えたのと同時に、五条くんが、げぇっと顔を歪める。


「呪詛師の関与か、周辺部落の土地神信仰か。詳細までは不明だ。しかし、これ以上犠牲者を無闇に増やすわけにはいかない。オマエらには呪霊の祓除を任務の主とした上で……、呪詛師が関与している場合はそちらの対応も任せたい。悟の言いたいことも理解できるが、任務の難易度の方が重要視された結果の選任だ」
「……趣旨は分かりましたけどォ」


"ブスッ"という効果音ぴったりに下唇を突き出した五条くんが、親指で私を勢いよく指さした。


「どーしてやめかけクソ雑魚呪術師の名前センパイが一緒なんですかぁ?」
「うっ!」


ズギャンッ。重い槍で頭と胸を射抜かれたような痛みと衝撃に襲われたような気がして思わず胸を抑えた。夜蛾先生がすぐに「悟!」と諌めてくれたけれど、そんなの何のその。五条くんは舌を出して場の雰囲気を茶化す。ハァ、と大きなため息をついた夜蛾先生が言葉を続けた。


「名前には結界で、悟の戦闘をサポートしてもらう。一般人を巻き込まないようにな」
「……そんなのクソ雑魚ナメクジのやめかけセンパイにできるんです――ってェッ!!!!!」


肩をぷるぷると震わせた夜蛾先生が繰り出した鉄拳は、五条くんの頭の頂点へと鈍い音を立てて炸裂した。痛がる五条くんの様子を横目で伺っても、五条くんは頭を擦りながら依然として前を見据えたままで、決して視線が交わることはなかった。



補助監督が運転する車に揺られながら改めて任務の資料を読み込んでいると、隣に座っていた五条くんが急に背を曲げた。おかげで資料の端っこへ五条くんの顔が入り込む。


「んな、資料読んだって変わんねーよ。どうせ祓うのは、俺なんだから」


トントン、と長い指で私の膝の上の資料を叩いた彼は、どこか冷たい声でそう言い放った。



『……卒業したらね。辞めるの、呪術師』
『――――は?』



――あれ以降五条くんは、私を見るとひどく機嫌が悪くなる。せっかく彼に近付けたような、そんな気がしていたのに。そう思うと気持ちが落ち込まずにはいられない。真意をどうしても知りたくて、五条くんのサングラスの奥をのぞき込みたくなったけれど、彼の瞳は濃い黒色に塗り潰されていて、結局見ることができなかった。


「そうかもしれないけど…」


口を開くと五条くんが首を傾けて、煽るようにこちらを見下ろす。どうやら、私の言葉の先を待ってくれているらしい。


「でも、五条くん単独の任務ではないから…。……せっかくなら一緒に頑張れたらいいな。私は私で最低限五条くんがなるべく戦いやすい状況を作れるよう、頑張るよ。……………………クソ雑魚ナメクジのやめかけですけど………………」


言いながらどんどんと背筋が丸まっていく。最後の"クソ雑魚ナメクジ"のくだりなんかはもはや声が小さくなりすぎて空気に溶けていた。資料の上で握った拳は先ほどから嫌な汗ばかりをかいているし、心は彼の眉間のシワを見る度にぎゅうっと痛む。どうしたら、私はまた彼の心に歩み寄ることができるだろうか。それとも彼の心へと近付くことができたということすら――。五条くんが、私からふいっと窓の外へ視線を移したことが全てのように思えてぎゅっと唇をかみ締めたその時、五条くんの「まぁ」という落ち着いた声が耳に響いた。


「実際、一般人のこと気遣って戦うのはダルい。数によっちゃ術式ナシで戦うことも考えないといけないかもしんないし。つまり、今回の任務でセンパイのポジションは俺にとって重要ってワケ」
「……うん」
「だからさ、気張れよ。"久しぶり〜"とか"もう辞める〜"とか、ンな下らねぇことは言い訳になんねーからな」


五条くんの言葉に力んでいた心がふわっと心が軽くなり、パッと俯いていた顔を上げる。すると五条くんも同じようにこちらを向いていた。今なら、真っ黒なサングラスの奥の瞳をのぞき込めるような気がした。


「大丈夫だよ。任せて」


今度はしっかりと目を見て、力強く頷く。もごもごと少しだけ動いた口元とともに、心做しか五条くんの纏う雰囲気が和らいだ。


「頼むぜ、名前センパイ?」


そう言うと五条くんは、挑戦的に口角を左右に引き上げた。そして緩く握られた彼の手の甲が、ポンっと軽く私の額へと触れた。


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