引き合うさびしさの引力


これの続き


 ホワイトタワーの天文台に併設されたバーはいつだってロマンチックな雰囲気の男女で混雑している。殺連に所属しているマスターが運営するこのバーを優先的に使えることは、ORDERの席に座って良かったと思える数少ないことの一つである。夜景が片手で掴めるような、そんなダイナミックな雰囲気を活かした大窓とほとんど照明のない薄暗い店内がお気に入りの私は幾度となくここに通いつめ、今ではすっかりマスターとも顔見知りだ。そのおかげか来店した時はカウンターをまるまる空けてもらったりとずいぶん優遇してもらっている。

「ほんま高いとこが好きやな〜、ナマエさん」

 カクテルグラスに手をかけたタイミングで隣から悠長な声が聞こえる。声の方向に視線を向けると木目調のカウンターに頬杖を着いた神々廻くんと目が合った。彼の口角が不気味なまでに引き上がったのを見て私は自身のこめかみがぴしりと音を立てるのを聞いた。その感情のまま、彼の顎、ちょうど傷のある辺りを鷲掴みにして思いっきり引っ張ってやる。

「…南雲。どうしてここにいるの?」
「いて、いててててて。待って。まってまって。これそんな簡単にベリベリ剥がれるとかそういうあれじゃないから。わかった、わかった。わかったってば〜。そんなに怒んないでよ」

 ぱっと姿を変えた南雲に、私は一つ大きなため息をついた。そして、先程と全く同じ質問を繰り返す。

「どうしてここにいるの」
「いや〜?久しぶりに苗字とゆっくり話そうかなと思ってさ。ほら、僕らって仲良し同期じゃん。マスター、これと同じのちょうだい」
「……"仲良し"って…」

 私はいつだってリオンの――みんなの背中を追いかけていただけなのに。私のカクテルグラスを指で弾いた南雲はゆったりと目を細めた。あぁ、彼がこの顔をする時は大抵、嫌な事しか起こらない。

「……帰る」
「だ〜〜め。ちゃんと話してくれるまで帰さないよ。――神々廻とのこと」

 南雲は私の動きを予測していたらしい。立ち上がった次の瞬間には腕を引っ張られ、ストンっと再び椅子へ落とされていた。私が席に戻るまでほんの少しの間だったというのに、私と南雲の席の前にはそれぞれ新しいマルガリータが準備されている。何かを察したらしいマスターは早々にカウンターから姿を消していた。

「…神々廻くんとのことって何?」

 そう切り出すと、南雲は待ってましたと言わんばかりににっこりと笑う。人のあれやこれを聞き出そうとしているのだからそんなふうに空虚な顔でなく、どうかもっと楽しげに笑ってほしい。

「君たちついに付き合ったの?」
「……ゲホッ。付き合ってないけど!?」

 喉に入ってきたマルガリータを吹き出しかけて、何とか気合いで飲み込んだ。あまりに直球がすぎる。あっけらかんと笑っている顔を思いっきりカウンターへ叩きつけたくなったけれど、ここを殺伐とした場所にはしたくない。何とか殺意を抑え込み、口元をハンカチで覆う。

「…へえ〜、意外。何となく神々廻の雰囲気が落ち着いたからてっきりくっ付いたのかと思った」
「そんなわけないでしょう。同僚なんだよ?殺し屋の」
「……ふーん?」

 カウンターに上半身を預けた南雲が私を見上げる。それを横目にとらえた私は、大きく息をついた。降参だ。

「……キス、は…した」
「マジ?」

 膝の上で握った拳を見つめながら首だけで返事をすると、へぇ〜〜!という上擦った声とともに南雲の顔がすぐ横まで迫っていた。びっくりして後ろに仰け反ったが、すぐ二の腕を掴まれ、体の動きが止まる。南雲が肘を曲げた勢いでグッとお互いの距離が縮まった。

「神々廻とキスできて嬉しかった?」
「っ、ちょっと……」
「前に苗字が参ってた時、ちょっと優しくされただけの一般人とどっちが好きなの?」
「……南雲、」
「まさか神々廻のためなら死ねるとか思ってる?」

 茶色がかった大きな瞳からどんどん光が失われていく。ぞわぞわと背筋を駆け抜ける悪寒が、彼から距離を取れと警笛を鳴らしていた。ギシッと嫌な音を立てた二の腕と目と鼻の先に迫った南雲の顔に砂嵐が交じり、綺麗な弧を描く金色の瞳が重なった。


『ナマエ!』


 溌剌に私を呼ぶその声が頭に響いた瞬間、すうっと頭が冷えていくのを感じた。

「……死ねるよ」
「……」
「…そもそも私の人生なんて――ッ」

 次の言葉が発せられることはなかった。薄く開かれた口から掠れた吐息ばかりが漏れ出ていく。首に引っ掛けられた手には大して力がこもっていないように見えるのに、その指は確実に急所を締め付けている。反射的に刺青が滲む手へ爪を立てたけれど、何だか全てを諦めたくなって私は体の力を抜いた。それと同時に南雲の手からも力が抜け、弛緩した私の体は、吸い寄せられるように目の前へと倒れ込んだ。難なくそれを受け止めた南雲の手が背に回り、ひどく咳き込んだ私を落ち着かせるように上下する。先程冷酷に私の首を絞めたというのに、殺気なんて微塵も感じられないほど優しい手つきだった。

 ひゅーひゅー情けなく鳴る胸を押さえつけて力の限り彼の体を引き剥がす。頬を伝った涙は果たして生理的なものなのだろうか。地面に零れ落ちる前に、頬に添えられた指が雫を奪い去る。

「…前も伝えたと思うけど、死にたいなら僕が殺してあげる。ご所望なら適当な秩序と大義名分も添えてね。だから勝手にどこかで野垂れ死ぬのも、誰かのために無駄死にするのも許さない。絶対に」

 闇を塗り込めたような瞳でこちらを射抜く南雲にまたひとつ涙が零れた。熱くなった瞼を隠すように、歪んだ顔を隠すように、私は彼から顔を逸らす。

「………………大嫌い」
「ほんと、気が合うね〜。僕もだよ」

 頬を伝った手が髪に差し込まれ、そのまま毛先までをなぞる。びくりと体が震えたことに南雲はきっと気付いているだろう。私はただ視線の先でトレンチコートが翻り、そのまま視界から消えるのを息を殺して待っていた。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -