眩い光が咲くところ

 春――。心地よい日差しを浴びるとついつい眠気が襲ってくるのは人の性である。このビルの真下には公園があって、まだ年端もいかない子供たちが笑ったり、泣いたりする声が聞こえる。少し下を見ればその公園に植えられた緑も目に入るし、なんだか空気も澄んでいるような気がして私はひどくここがお気に入りだ。

 ポケットに無造作に入れ込んでいたベロアの小さな箱を探り当てた私は中身をつまんだあと、箱をポイとその辺へと投げ捨てた。ついでに、誰もいないのをいいことに、ゴロリと少し熱を集めた屋上のコンクリートへ横になった。大切に大切に仕舞われていたその指輪を温かな日差しにかざす。アームがシャトンに向けて少しだけ細くなっていて、そこに鎮座するセンターストーンは紛うことなきダイヤだ。女の子ならきっと一度は夢に見たそれを私は間違いなく手にしている。だというのに私の目からは、一筋涙がこぼれるのだから、おかしな話である。ダイヤのカットに合わせて反射する太陽は七色に光ってとても綺麗だ。でも、それ以上に綺麗だと思うものもある。例えばサラリと視界を覆った光に透ける金糸とか。

「…神々廻くんの髪は綺麗だねぇ」
「そんなん言うのナマエさんくらいちゃいます?」
「そんなことないよ」
「てか、ええ歳した大人がこんな汚ったないとこに寝っ転がって一人でめそめそ泣くのいい加減やめません?」
「…神々廻くんはとっても神経質だよねぇ」
「……褒め言葉として受け取っときますわ」

 逆さの向きでこちらをのぞき込む彼の視線を遮るように私は両手で顔を覆った。彼の髪にチラチラと反射する光は影すら突き通してこちらに降ってくるのだから、ときどき嫌になってしまいそうになる。私の左手薬指に引っ掛けられた指輪のダイヤが摘まれ、グッと上に引っ張られるのを、緩く拳を握って耐える。私の指に合わせて作られたそれは少し引っ張ったところでビクともしやしない。

「こんなんいつまでも持ってるからめそめそするんでしょ。さっさとポイしようや、な?」
「やだ」
「………………」
「…無言で殺気飛ばすのはやめて」

 私の視界は相変わらず光が瞬いているだけで彼がどんな顔をしているかわからなかったけれど、きっと神々廻くんは普段と変わらず涼しい顔をしているのだろうな、と思った。だって私の知る限り、彼が悲しい顔をするのは玉ねぎを見た時だけなのだから。

「……どんな男やったんすか?これをなまえさんに贈ったやつ。生きとんの?」
「…きっと今頃幸せに生きてると思う。普通の人なんだ、ほんとに」



『……僕と結婚してください』

 夜景をバックにして、腕いっぱいのバラを抱えた彼が私の前で跪く。彼が両手で支えるベロアの小箱に手を伸ばそうとして、すぐに手を引っ込めた。震える自分の手に、付着しているはずのない血が見えたような気がしたから。

『少し、考えてみて』

 困ったように笑う彼から小箱を受け取って、それを胸に抱いて寝た夜、私は彼を殺す夢を見た。後ろから彼の喉笛を掻き切る夢。いつも通り、作業的に。彼の血に塗れた自分の手をまじまじと見たって、私はちっとも悲しくなんてならなかった。

「それ以降彼とは会ってない。一度も」
「つまり持ち逃げやんけ、これ」
「……うるさい」
「馬鹿やなァ」
「……あのね、神々廻くん。私、坂本が羨ましい」
「……」
「私もこの仕事のこと、正直に言ったら坂本みたいに受け入れてもらえたのかな」
「言えなかったんやろ。結局そいつがそこまでの男やったいうことちゃいます?」
「…………正論すぎて嫌」
「俺に何言えっちゅーねん」
「でも好きなの」
「"好きだった"やろ。日本語は正しく使いや、ナマエさん」

 顔に押し当てていた手をべりっと剥がされかと思うと、すぐに金色のきらきらとした光が強く降り注ぐ。あまりに眩しくて目を閉じると、その最中、唇に柔らかい感触が触れた。閉じていた目を開くと、目と鼻の先に先程と変わらず逆さまにしゃがみ込む神々廻くんがいた。よくよく視点を合わせると、何やらぎゅっとお顔の中心にシワが寄っている。

「……神々廻くん」
「ウワ……せんかったら良かった。最悪や」

 今度は神々廻くんが両手で顔を隠す番だった。彼の手に手を重ねて引き剥がそうとしてもそれは強い力で阻止されてしまう。

「嫌だった?」
「……ちゃうねん。いや違ないわ……あ〜……」
「顔、見たいな」
「ぜっったい嫌や。今ので全部わかってもうた。あァ、ホンマ最悪。死ねや」
「……殺さないで」
「わかっとるわ。でもなァ〜…。あんた、その顔の傾け方も、最後下唇吸うのも、全部くだらん男の好みなんやろ」

 自覚がなかった。キスについて彼に何か言われた記憶はないのだけれど、自然と彼の動きに合わせていたらそれが癖になってしまったのかもしれない。あーだの、うーだの唸っている神々廻くんの髪に手を伸ばす。そういえば指輪をしたままだった。相変わらずダイヤはとても綺麗だ。でもそれ以上に、この髪が綺麗で好きだ。髪と髪の間に指を差し入れて梳くように撫でると、なんの引っ掛かりもなくするりと手が地面に落ちてしまった。

「神々廻くんの髪、本当に綺麗」

 宝石なんかより、よっぽど。神々廻くんの肩がぴくりと揺れて、ようやく顔を覆っていた手が外れる。覆いかぶさった髪の毛を避けて、姿勢を起こし、そのまま頬に触れた私は、今度は自分から唇を重ねた。下唇を吸うのは彼曰く嫌らしいので、可愛らしく、上唇だけに、なるだけ優しく吸いついた。

「……あんたが例え血塗れでも、俺はあんたを綺麗やと思うで」
「褒め言葉?」
「伝わらへんのかい 」
「ううん、伝わった。ありがとう」
「…男女がキスまでしといてありがとうって何やねん。ムードもへったくれもないやないかい」

 拗ねたように呟いた彼の肩に頭を預けると、背中にぎゅっと見た目よりずっと逞しい腕が回った。綺麗好きの君が汚れているはずの背中を支えてくれる。ただそれだけで、私は幸福だというのに。いつの間にか七色に輝く指輪は左手から抜き取られて、どこか遠くへ放られ、絡みつくのは彼の指ばかりになっていた。

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