神様の言うとおり

 私には天敵とも言える同期がいる。顔を合わせればやれ嫌味合戦。男女だというのにつかみ合いに発展することだって。犬猿の仲なんて甘っちょろい。とにかく、私には例え天と地が交わったとしても永遠に交われない人間がいるのだ。ソイツの名前は五条悟。五条家のお坊ちゃん、箱入りバカ息子、高慢ちき、いい歳こいたガキ大将……。そんなこんなで説明しようとすると悪口が止まらないのでこの辺で割愛する。

 そんなアイツがある任務帰り、子供を抱いて帰ってきた。2歳くらいだろうか?まだ幼いのに随分と整った鼻筋。たおやかな白銀の髪。風にたなびきそうなほど長いまつ毛、青空を集めたように輝く瞳………………。私と隣を歩いていた硝子は示し合わせたように顔を合わせた。

「……うわ、避妊もできないの?サイッテー」
「ちっっっっげーーーーよ、バカ二人!!」
「…………ふぇ…」

 こちらをビシッと指さした五条が大声を出したせいで、抱かれていた子供がぐずり始める。私は五条を睨み付け、彼の腕からその子を奪い取った。とうとう泣き出した子供を慌てて抱き抱え背中をあやすように優しく叩く。

「あ〜よしよし。ごめんねぇ。気の利かないパパで。びっくりしちゃったよね」
「パパじゃねぇ!」
「ずいぶん慣れてるね」

 キャンキャン喚く五条の隣にいた夏油が感心したように呟く。

「親戚付き合いとかしてれば、このくらい身につくでしょ。まあ?つい最近までカップやきそばの作り方すら知らなかった箱入りには無理でしょうけどぉ〜??」
「あ゛ぁん??」
「……それにしても本気で五条の血縁にしか見えないんだけど。オマエ、とうとうやったの?」
「だからちげーって!」
「普段の行いからすると疑われても仕方がないけれどね…。誤解があるから私からも説明するよ」
「オイ、傑。オマエも喧嘩売ってんだろ。表出ろ」

――割愛。


 五条と夏油によると。任務先で出会った呪霊がずいぶん面白い術式を持っていたという。五条がそれを興味半分で受けたと……。

「いや、バカじゃん」
「で、その術式とこの子にどんな関係があんの?」
「これ、悟の未来の子供らしいよ」

「「マジ?」」
「「マジ」」
「パパでまちがってねーじゃん、ウケる」

 硝子が腹を抱えて笑い始める中、私は腕の中の子供を見つめた。綺麗に上向きに生え揃ったまつ毛の奥から光をいっぱいに集めた青空色の瞳が同じようにこちらを見る。そしてその子はニッコリと笑った。

えっカワ…………………………。


 至極単純に絆された私に、その子はゆっくりと予想外すぎる爆弾を落とした。

「ママ」

「は、」
「え、」
「……マジ?」
パリンッ

いやなんて?

 私は首元に擦り寄ってきた子供をガバッと自分から離した。脇に差し込んだ手でぶら下げるように子供を持つと子供はイヤイヤと両手をこちらに突き出して抱っこをせがむ。

「わーーーん!ママァ〜〜!」

 ひどく嫌な予感がして泣き喚く子供越しに同期に目線を送った。

 まず夏油、お腹を抱えて片手で顔を覆い、そっぽを向いている。そのプルプルと震える肩が全てを物語っている。オイオイウケてる場合じゃねーんだよ。
 次に硝子。何だその顔は。そんな"したり顔"で私を見るな。笑うな。
 最後に五条。仁王立ちをして動かない。オマエのせいだろう、この雰囲気。ふざけんな、放心してんじゃねーよ。よく見るとサングラスにヒビが入っている。ギャグか。

「な、何かの間違いだよね?」

 ギギギ、とブリキのように首を傾げて努めて優しく笑うと子供は涙には濡れたまつ毛をしぱしぱと瞬かせゆっくりと私を指差した。そして再びにっこりと笑った。

「ママ」

「い、い、い、イヤーーーーーー!!!!今すぐ撤回して!!!!」

 校舎中に響き渡る私の悲鳴。木霊する同期の笑い声。仁王立ちでどこかへ旅立つ五条。これぞまさに阿鼻叫喚。

 この後一生語り継がれる事となる伝説のこの日から10年と少し経ったその日に、愛おしい我が子を胸に抱いた私はやっぱり運命は変えられないんだなあ、と両目を覆うことになるのだ。

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