見つけちゃった

「ア゛?」

 休日。談話室の出入口。すれ違った五条が吐き出した地を這うような声に私は肩をふるりとひとつ震わせた。

突然だが、私は今同期の五条悟を避けている。


『付き合え』


 傍若無人な彼らしいそんな告白めいたセリフを言われたのがつい先週の出来事。その時思わず三度ほど聞き返して五条に軽く頭をはたかれた。

 五条とは確かに仲が良かった。とは言いつつ同期はたった4人だし、みんなと等しく仲が良いのだけれど。五条とはたまたま映画好きだったり、甘いもの好きだったり。そんな小さな趣味が同じだったから、休日を共に過ごすことが多かった。しかしまさか告白だなんて。思春期真っ盛りの私が今までただの級友に見えていた彼を意識するには十分な一言だった。

 以降、この感情をどうやって噛み砕いて良いのか分からず彼を避けている。と、そういうことである。そんな私にいよいよ天罰が下ったらしい。ドクドクと高鳴る心臓を押さえつける術を知らない私はそのままその場を去ろうとした。

ガツン。

 しかし、それが叶うことはなかった。開けっ放した談話室の入口の壁に背を預けた五条が、反対側のドアを蹴ってバリケードを作ったのだ。五条のスタイルの良さは意識し始めて以来嫌というほどわかったので、勘弁してほしい。

「どこ行くんだよ」
「……部屋戻る」
「……」

 どう頑張っても五条と顔を合わせることが出来ない私は、ただひたすらに入口に掛けられた五条の脚を眺めていた。すると、しばらく黙り込んだ五条が何を思ったか私の腕を取って歩き出す。

「っ、ちょっと。何?」
「……俺の部屋で見りゃ良いだろ」

 ずんずんと男子寮に向かって歩みを進める五条の表情はひとつも伺い知れなかったが、何となく唇が突き出ているようなそんなもぞもぞとした喋り方だった。五条はきっと、私の手に握られていた映画タイトルが踊るDVDのパッケージを見たのだ。五条家の坊である彼の部屋に大きなテレビとDVDプレイヤーが置かれているのを知っている。告白される前なんかはなんの遠慮もなかったせいか、休みの度に上がり込んで一緒に映画鑑賞に付き合ってもらっていたからだ。

 ――あぁ、こんなふうになってしまうなら、何も知らなかったあの頃に戻りたい。そんなぼんやりとした後悔に胸がそわそわと暴れ始めた時。いつの間にやら五条の部屋の前に着いたらしい。ドアを開ける時も、部屋を跨いだ後も、私の手は変わらず握られたまま。五条の手ってこんなに男らしかったんだ、だとか。五条の手あったかいな、だとか、そんなことばかり占める頭を満足するまで掻きむしって、そのままこの感情も頭から剥がれ落ちてしまえばいいのに。

 握られた手で誘導されて、私は為す術なく、やたらと座り心地のいいソファに腰を下ろした。ソファに座った私の前に五条がしゃがみこむ。少し下にある五条の顔を見下ろすと、サングラスの隙間から意図とせず上目遣いになった六眼と視線が交差した。きゅうっと心臓が鳴る音が五条に聞こえていないことを心から願った。

「……告白の返事とかいらねえから、」
「うん、」
「避けんのはやめろよ」
「…………、ごめん」
「普通にして」
「うん」
「俺もそうするから」
「…うん」

 いつの間にか膝に置かれた私の両手は、五条の両手に包み込まれるように握られていた。俯いた五条のつむじが見えて、見た目にそぐわず柔らかそうなその髪を撫でてしまいたくなった。もし、五条に手を握られていなければそうしていたかもしれない。最近の私は、それほどまでに感情が抑えきれなくなっているらしい。

 私の返事に満足したのか、立ち上がった五条は、部屋に併設された簡易キッチンへ向かう。そろそろと五条の方に視線をさまよわせると、五条がこちらを振り向いて眉をぴくりと上げた。

「茶淹れてやるから、DVD準備しろよ」
「ありがと…」

 名前が緑茶が好きだっつーからわざわざ実家から取り寄せたのに、オマエは来ねーし、バカみてーじゃん。と、独り言とも、私への愚痴とも取れるそれは聞こえなかったフリをした。

部屋中に香り出した緑茶の香りに舌鼓を打ちながら、DVDプレーヤーを起動する。ゆっくりと出てきたトレーを目の前に、私はピシリと固まった。

 かちゃりと食器のなる音が響いた後、背後に五条の体温を感じる。私が手に持った"ピンクの円盤"を見た五条は、さながら天才らしい素早い動きで私の手からそれを奪い取った。一方私は奪い取られたそれには目もくれず、五条のベッドに近付き思いっきりその下に手を突っ込んだ。

「待て待て待て待て!!!オマエ今自分が何しようとしてるかわかってんの!?!?」
「はあ?私はただベッドの下に手を突っ込んだだけでしょう?何か見られたくないものでもあるっていうの!?言ってみなさいよこの不潔男!!!!」
「イテェッ!!!!!!」

 五条に腕を掴まれた私は、至極単純な暴漢対策用の護身術で五条を床に転がし目当てのそれを探り当てた。 バラバラと床に広がるピンク色のあれやそれ。

 そこからは地獄絵図阿鼻叫喚。せっかくこそこそと集めていたAVのパッケージを余すことなく見られた上、溢れんばかりの罵倒を受けた五条は、暫く生きることを放棄していたという。

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