病める時も健やかなる時も

「結婚かぁ……」

 そんな私のくだらない呟きは誰にも拾われることなく開け広げられた窓の前に広がる山に霧散して消えた。中学時代からずっと仲良くしていた親友が結婚した。今日がその披露宴だった。高専内にある殺風景な自室に飾られた白い花のブーケを指でつつく。

 呪術師を目指した時点で、人並みの幸せなんてとっくのとうに諦めていたはずだった。でもいざこれまで寄り添ってきた友達が幸せそうにしているところを見ると心も揺らぐものだ。

「綺麗だったなぁ」

 細身で、色白の彼女に真っ白なウェディングドレスがよく映えて本当に綺麗だった。対して私はどうだろう。どこまでも筋肉質な体、所々に浮かぶ痣、傷跡。自分がウェディングドレスを纏う姿は、想像の上ですら成立しなかった。ハッ、と鼻から呆れた息が漏れる。どこかへ捨て置いたはずの感情がむくむくと湧き上がるのを情けなく思った。切り替えよう。パンパンと自分の頬を叩いたところで自室のドアがノックされた。

「あぁ、帰ってた?」
「うん」
「これ、今日の会議の資料。学長が届けろってさ」
「ありがとう。今日、穴開けちゃってごめんね」

 同僚であり、同期の五条だった。五条は資料を渡してそのまま部屋を去ると思いきや私をじっと見つめて固まった。と、言ってもいつもの怪しげな目隠しはしたままだったからこっちを見ているのは多分、だけれど。

「……お茶飲んでく?」
「いや…。結婚式どうだった?」
「素敵だったよ、とっても」

 一生自分には手が届かないものだなって思ったよ、という言葉は胸の奥に押し込んだ。そういえば五条は結婚について、どう思っているのだろう。中身は置いておいたとして、そのルックスや、立場からそれなりに言い寄られたりしていることは知っている。

「……五条は結婚したいなって思う?」
「名前はそう思うの?」

 私の軽薄極まりない心の中を見透かされているようで、グッと唇を噛み締めた。

「これまでは色んなことに必死でそんなこと考えたこともなかったんだよ。でもいざ、目の前にそういうことが現れたらやっぱり羨ましく思っちゃったの」
「フーン…」

 今更、五条に隠すこともないだろうと思って吐き出した本音を五条は深く受け止めることもなく、軽く流してくれた。少しだけ、口にしたことでスッキリした気がする。

「ありがとう、五条。聞いてもらったらなんかちょっとすっきりした――」


「じゃあさ、結婚しようか僕ら」


「…………は?」

 戸惑い、固まる私を置いてけぼりにして五条は続ける。

「僕、自分で言うのも難だけど結構オススメ物件だと思うよ。お金も有り余るほど持ってるし、外見だってそこらの男なんか比にならないくらいいいだろ?何せ自他共に認めるGLGだし。中身はオマエの知るところだろうし。…あぁ、実家には口を出させないよ。だって当主は僕だ。これ以上の物件ある?」
「……」

 そんなご飯行こうよ、みたいなトーンで言っていいものなんだっけ?結婚しようって。じょ、冗談だよね?震える声で呟いた私に対して五条は飄々と答えた。

「本気だけど。オマエは頑張り屋さんで、この世界に一直線だったから言わなかっただけ。僕は学生時代から名前を見てた。ずっと名前が恋愛に目を向けるのを待ってた」

 やっと、見てくれた。そうやって目隠しを剥ぎ取った目元をわかりやすく蕩けさせる五条を見て、目の前に火花が散った。私は見事に心臓が捻り潰されるようなクリティカルヒットをくらったのだ。頭を抱える私を見て、五条はさぞ愉快そうに笑った。

 後ほど、硝子から五条の気持ちに気づいていないのは七海や、伊地知のような年下も含めてお前だけだと聞かされてさらに深く頭を抱えることになる。

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