いつかはいつの日か夜の中

 枕に散らばった髪を拾い集めるような、そんな柔らかい感触を頭に感じて、暗闇へと沈んでいた意識が徐々に浮上する。開ききらない目をぱちぱちと何度か瞬くと、ようやく景色がはっきりとしてきた。目の前にあったのは、薄暗い部屋でも僅かばかりの光を集めてキラキラと輝く青い瞳だった。驚いて本能的にそこから距離を取ろうと腰を引いたが、それはいつの間にやら背中から腰にかけて回されていた腕に阻まれた。

「幽霊でも見たみたいな反応するじゃん」
「………………悟さん?」
「そうだよ。昨日僕のレストハウスに泊まったこと、まさか覚えてない?」

 ――そう言われてハッとする。今日は本当に久しぶりに二人の休みが重なる日で、前日から悟さんがレストハウスとして借りているこのマンションの一室で一緒に過ごしていたんだっけ。一緒に作ったお鍋が美味しくて、お酒が思ったより進んでしまった私は、勧められるままさっさとお風呂を済ませて、必要最低限の寝支度だけ整えて……。その後の記憶は見事に真っ黒である。

「相当疲れてたんだね。オマエも長期出張から帰ってきてすぐだったもんな。よく眠れた?」

 あらゆる方向に跳ね踊る私の毛先を指先で弄びながら悟さんがそう尋ねる。

 ……今何時?

 ふと、そんな考えが過ぎった。遮光性の高いカーテンの隙間から見える空は明らかに薄暗い。恐る恐るベッドボードに置かれたデジタル式の時計へと目をやってすぐ、私は鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。時計が指し示す時刻は18時23分きっかりだったのだ。

 繰り返すが、今日は多忙を極めた悟さんとの休日が数ヶ月ぶりに重なる貴重な日だった。数日前から連絡を取りあって、あーでもないこーでもない、どう過ごそうか、と二人でデートプランを立てていた。久しぶりにゆっくり大好きな彼と過ごせる今日を心から楽しみにしていた。それだというのに、私は――。

 鼻先が触れ合う距離にいた悟さんがギョッと目を見開く。

「え、待って。なんで泣いてんの?どっか痛い?調子悪い?二日酔い?」

 ポロポロと頬を伝って枕カバーへと吸い込まれていく雫を悟さんの親指が何度も拭う。しかし留まることを知らないそれは悟さんの大きな掌ですら抑えきれず、絶えず枕カバーを濡らしていく。

「ごめんなさ……。せっかく……、今日、デート……」

 頬へと添えられた手をぎゅっと握り込む。すっかり熱を持って痛む眉間。ズビズビと情けない音を立てる鼻。喉が狭まって上手く息が吸えず、ようやく口を出た言葉はそれだけだったけれど、今の私にはそれが精一杯だった。えぐえぐと嗚咽を漏らしながら子供のように泣く私を見た悟さんは、ふふっと声を弾ませた。

「…馬鹿だなぁ。もうこーんなに付き合って長いのにさ。いまだにデート一つを楽しみにしてくれてるなんて、僕の彼女は可愛くて仕方ないね、まったく」

 眉を下げた悟さんが煙るような睫毛を瞳に被せる。額に寄せられた唇に私もゆっくりと目を閉じた。

「また外デートはゆっくり計画立てようよ。つか、今日だって家でゆっくり過ごせて良かったじゃん。僕はどこにいようが、何をしてようがオマエと二人でいられればそれでいいんだけど、オマエは違うの?」

 誘うように見つめられて、私はブンブンと首を横に振った。それを見た悟さんは満足したように口角を引き上げ、再び距離をつめる。瞼、頬、鼻の頭と降りてきて、最後に重なる唇。可愛らしいリップ音だけを残して去っていったそれを追いかけるようにして、今度は私から唇を重ねた。軽く吸い付くようなバードキスが時間をかけてフレンチキスへと移り変わっていく。ぞくぞくと背中を駆け巡る快感を逃がす術を持っていない私は、悟さんの手の甲を握る力をただただ強めた。思考がすっかり溶けて、悟さんに教えてもらった息継ぎの仕方すら曖昧になったころ、彼の唇がようやく離れていく。どちらのものかわからない唾液でてらてらと光る唇を親指で拭ったあと、同じようにして私の唇も拭われる。息を乱す私を見た悟さんが、ぱっちりとした目をきゅうっと細めて笑った。

「ハハッ。ほんっとかわいー...」

 それは間違いなく捕食者の顔だった。私を見下ろす瞳に鋭い光が射し込む。私は彼に全てを委ねるため、ゆっくりと体の力を抜いた。

「……ね、名前。いい?」


 私が頷くのを見るが早いか、悟さんの頭が私の首元へと埋まった。顎をくすぐる柔らかい髪へ気を取られていると、甘やかな痛みが首へと走る。その痛みは首から全身へ、快感へと形を変えて伝わっていく。口なんかは、すっかりばかになってしまったようで、小さな快感を拾い上げては言葉にならない声をあげようとしていた。うっすらと見えたベッドボードの数字は、19時近くを示している。果たしてこれからきっちり彼への埋め合わせができるだろうか。そんな不安を打ち消すように彼の熱い体が強く私を包み込んだ。

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