茨のままごと

 教室に行く道すがら、どうしたって君との会話を思い出してしまう。自販機を見ると、君が好きだった飲み物を探してしまう。教室に並んだ机を見ると君が座っていた机の前に立ってしまう。

 彼がいなくなって数ヶ月。もう戻ってこないのだとわかっている。それだというのに私の頭は彼の虚像を勝手にそこかしこで作り出すようになり、とうとう学校に顔を出せなくなってしまった。それ以降、私は寮の自室と任務地をただ行き来するだけのどうしようもない生活を送っている。



 ノックの音が響いて三秒と経たないうちに開いたドア。何となく訪問者がわかってしまった私はなるべくベッドの上で小さくなり、掛け布団を頭から被って対抗してみることにした。ちなみに意味がないことは私がいちばんよくわかっている。

「…オイ、教室行くぞ」
「………………行かない」

 "僕は不機嫌です"という態度を隠そうともしない男は、わざとドスドスと大きな足音を立てて、その長い脚であっという間に私との距離を詰めた。そのまま私が纏っていた防御壁…つまり掛け布団はあっさりと剥ぎ取られ、物悲しくあまり綺麗でない床に落ちていく。第二の抵抗として、立てた両膝に顔を埋め、話す気はないとアピールするがそんなの彼には関係ないようだ。グイグイと腕を引っ張られて、いよいよ座っていたベッドから落ちそうになる。それでも腕を自分の方へ力いっぱい引き寄せて反抗すると、大きなため息が頭上で聞こえ、すぐ隣のマットレスがボフンと勢いよく沈みこんだ。直後、頭に乗せられた大きな手が不器用に髪をかき混ぜるものだから、もういっそのこと大きな声を上げて泣きたくなった。

「なんでほっといてくれないの…」
「オマエ、放っておいたら死にそうじゃん」
「バカにすんな。私だっていっちょまえの呪術師だぞ」
「一丁前の呪術師がこんな泣き虫でたまるかっつーんだよ。感情コントロール弱弱の奴が一丁前語んな、バーカ」
「そんな呪術師だっていていいじゃん…」

 私の頭をがっしりと掴んだ五条にグイッと頭を持ち上げられる。情けなく流れていく涙は五条にもはやバレバレだったけれど、何とか無かったことにしたくて私はそれを腕で拭い続けた。隣で何やら苛立った声が聞こえたあと、私の頭は五条の肩口に誘われていた。

「…名前はこのままでいーよ」

 ポンポンッと背中に回った腕が私をあやすように叩く。今日の五条はどこかおかしい。私に優しい五条なんて絶対におかしい。天と地がひっくり返っても有り得ない。有り得ないのに、弱りきった私にはその優しさが堪らなく沁みた。いよいよ嗚咽が次から次へと漏れ出していく。

 ――弱くて、泣いてばっかで、頼りなくて、アンタと硝子ばっかりに背負わせて、ごめん。でも、いつか。いつかアンタに何か一つでも任せてもらえるくらいには強くなる。だから、まだ私のこと見捨てないで。アンタは私が見える距離にいて、五条。

 支離滅裂もいいところだ。ちゃんと伝わったとは思えないが、五条が背中に回った腕の力を強めたことで少しだけ安堵した。

「…そうやって俺に縋ってろよ。俺がいざっていう時ちゃんとオマエを助けられるようにさ」


 耳元で聞こえた五条の言葉が、あまりに悲しくて、寂しくて、私はまた五条の肩口で子供のようにわんわんと泣いた。

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