想う偲ぶ、それも日常

 夏の定番、と銘打たれている爽やかな飲料水が、ガコンッと大袈裟な音を立てて自販機から排出された。それを持って、向かいにあるベンチに腰かける。

『あぁ、名前も何か飲む?』

 そんなことあるはずがないのに、どこかから柔らかな声が響いたような気がして、私は緩く首を振った。ペットボトルの蓋を開けるのも何だか億劫で、じわりと汗ばんでくるペットボトルを両手で握りしめたまま後ろの壁に凭れた。

 入口の方で地面を踏む音が響く。自然とそちらに視線を動かすと、柔らかな白銀が 揺れていた。今日という日はもう10月になるというのに、まるで夏が足掻くように暑い日だったが、その男はひとり涼やかな顔をしていた。

 一瞬こちらを見やったあと、何を言うでもなく自販機に向かう男に、私もあえて声をかけなかった。軽口や冗談も言い合えるほどもう随分と旧知の仲になったと思っていたが、その時は何と声をかけていいか、咄嗟に言葉が出てこなかったからだ。

――ガコンッ。

 相変わらず自販機は大袈裟な音を立てる。静まり返ったその場所では大したことのないそんな音もやたらと大きく感じた。取り出し口から私と同じパッケージのペットボトルを手に取った男は相変わらず口を開かないままのんびりとした動作で私の横に腰を下ろした。

 少し動けば肩が触れ合うような距離。以前から私と彼はそんな距離で接していたと思うのだけれど、どこか気まずいような、そんな気持ちになってしまうのは何故なのだろう。久しく姿を見ていなかった男、同期である五条悟の纏う雰囲気が自分の頭の中にいる彼とほんの少しだけ違うような気がするからだろうか。五条も私と同じようにせっかく買ったペットボトルの口を開けることもなく、ただただ握りしめている。お互いの手の中で雫を纏っていくペットボトルがなんだか物寂しく感じた。

「……帰ってたんだ」

 先に口を開いたのは私だった。私の声にサングラスの奥の瞳が動く。ほんの少しだけ交差した視線はすぐにそらされた。前を見たまま五条が、オマエもな、と紡いだ。

 徐に五条がサングラスを取って、眉間を揉む。よく見れば薄らと目の下にクマが見える。
"相方"と称されていた男がいなくなってしばらく、学校に姿を見せないほど忙しく動き回っていたのを知っている。こちらの事情など関係なく呪霊は相変わらず各地で猛威をふるっていて、上級の呪術師にしかこなせない任務が数え切れないほどある。その一辺を担っていた男がいなくなってしまった。更なる働きが求められることは重々理解していたし、私だってそれなりに休みなく動き通していた。だけど今の五条の姿を見て、やはり五条ばかりに空いた穴を埋めさせてしまっていたことを実感した。感じてしまえば最後、ひどく情けなく、自分がいかにちっぽけか、そんな自責の念が頭を駆け巡る。噛み締めた唇がピリリと痛んだ。

「次の任務、いつ?」
「あ〜…?あー……。明日?明後日…?」

 どっちでもいーや、と笑った五条の顔はあまりにも儚かった。ぎゅうぎゅうと心臓が痛む。今確かに感じている五条の体温がどこか遠くに消えてしまうことが急に怖くなり、私は五条の方へほんの少しだけ体を寄せた。何もしなくとも触れ合うようになった肩に、五条は少しだけ目を見開く。

「休んで。次の任務まででも…休めるだけ休んで。お願いだから」

 私の顔を上から下まで見た五条が、短く息を吐いて笑った。

「何つー顔してんの、オマエ」

 少し気が緩むと涙が出そうだった。涙が出たら、きっと同じように弱音も出ていって、それをまた彼に押し付けてしまう。絶対にそんなことはしたくなかった。そんなことをしたら私は本当に五条にも、硝子にも、……いなくなった彼にも置いていかれてしまう。そんなの嫌だ。それぞれがどんな状況にいようともアイツは同期だと躊躇なくそう言ってもらえるような、せめてそんな人間でいたい。

 五条がこちらへ頭を傾けたことによって肩に触れる体温をよりはっきりと感じることができ、安堵の息が漏れる。

「オマエがそんな顔したって何も変わんねーっつーの。バ〜カ。……ま、でも休むか。今くらいは」

 そう呟いて五条はゆっくりと目を閉じる。間もなくして聞こえてきた穏やかな寝息に、これまで心臓を締めていた何かが少しだけ緩んだような気がした。大きな体の向こう側に五条の手からいつの間にか離れていたペットボトルが置かれている。自分が持っていたお揃いのそれをその横に並べてから、もう少しだけ五条の方に体を寄せて、私も同じように目を閉じた。

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