理想や憧れで腹はふくれない

「五条ってどんなひとがタイプなの?」
「あ〜?あぁ……。胸のデケェ奴」

 先日たまたまそういう話の流れになった時に勇気を出して好きな人に好きなタイプを聞いて撃沈した。脳内で反覆する好きな人、もとい五条の言葉と自分の胸を比較して私は机に突っ伏した。

「胸のデケェ奴が好きなんだって」
「コラ、口が悪いよ」
「……ねぇ、夏油。胸ってどうやったら大きくなるの?」
「私に聞くのは間違っているんじゃないかい?」

 夏油の胸元を見やる。……絶対間違ってない。五条のおっぱい星人!面食い!世間知らず!長まつげ!絶っっっ対許さな――――――

え?

 ぶつくさと五条への呪詛を吐いていると隣の席に座っていた夏油に腕を取られた。その後はあっという間。背中には机、視界には古くさい教室の天井とにっこりと笑った夏油の顔。

「さっきはああ言ったけど、私に相談したのはやっぱり間違いじゃないね。ひとつだけ方法があるよ」
「えっ!ほんとう!?」

 嬉々として言葉の先を待つ私の鎖骨あたりに夏油の大きな手が添えられてヒュッと喉が鳴った。

「聞いたことくらいあるだろう?……胸は揉まれると大きくなるって」

 その言葉に頭の中でけたたましくアラームが鳴った。え、まさか夏油が?私の胸を?いやいや、有り得ないって。でもじゃあ、この体制は一体なんだっていうの。

「い、いいいくらなんでもやりすぎだよ、夏油!冗談キツイって………」
「冗談かどうか試してみようか」

 心なしか夏油の笑顔が徐々に迫っている気がする。

「ま、まって!」
「待たないよ。名前の脳みその動きが少しばかり悪いことは把握していたけど、まさかここまでとはね。まぁそこが可愛らしいじゃないか」

 顔をぐっとこちらへ近づけてペラペラと饒舌に喋り続ける夏油。一生懸命に胸板を押してもビクともしない。怖い。いつも嫌味を浴びせながら、鈍間な私の面倒をなんだかんだと見てくれる。そんな優しさを持った彼が全く知らない人間のように思えて、怖くて堪らない。ばかみたいに焦っているのは私だけ。夏油は相変わらずその顔に薄っぺらい笑みを顔に張りつけたままだ。何を考えているかさっぱり分からないその表情がまた更に恐怖心を煽っていく。


どうして。どうすれば。


 頭は既にパニックの頂点で、瞳に涙の幕が張り詰めていく。どうしようもなくなってぎゅっと目を瞑ったその時。


ドンッ!


 大きな音が鳴って、上に乗っていた重みが風と共に吹き飛んだ。

「え」
「こんなとこで盛ってんじゃねぇよ、傑」

 髪がそよぐ方へ目を向けると、凹んだ壁の真ん中に夏油が座り込んでいた。

「だったら不誠実な返答は避けた方がいいね、悟」

 夏油が呼んだ名前につられて、反射的に反対側へと視線を移した。そこには確かに、白髪が揺れていた。

「君のせいで親しい女の子に胸の大きさの相談受けた私の身にもなってほしいんだけど」
「げ、げと……」

 何が何だかわからないのに、ひどく咳き込んでいる夏油のことだけは心配で、転がされた間抜けな体勢のまま夏油の方に手を伸ばす。しかしそれは視界の裏から現れた手に取られて、あっさりと阻まれてしまった。次の瞬間には、何か温かいものに全身が包まれ、視界がぐるりと大きく回った。

 その後、教室にただ一人残された夏油が「全く…2人揃って手のかかる……」と悪態をついていたのを私は知る由もない。



 恐る恐る目を開くと、そこはもう教室ではなかった。見慣れているようで、そうでない寮の部屋。やたらと心地の良いシーツが足に触れて、そういえば靴脱いでないやなどと呑気な考えが頭を廻っては消えていく。
 全身に感じる体温と耳元で響く少し早めの鼓動。一体何が起きているのか。ついていけない現状にすっかり呆けてしまい、体を硬直させていると、私の胸元に先程見た白髪が埋まった。私を自らの膝の上で横抱きにしていた五条がさらに距離を詰めたのだ。
 急に自分が置かれた状況が鮮明に感じられて、触れ合っている太腿だとか、体を預けている胸板だとか、背中とお腹にそれぞれ回った腕だとか、そういえば教室からずっと触れたままの手のひらだとか、体の色んなところに触れる五条の感触を嫌というほど意識してしまう。少し浅くなった呼吸が間近にある五条の耳を打つ。

「ご、ごじょ……ちか……………」
「もうオマエ、あんま傑と喋んな」

 握られた手が形を変えて指先までしっかりと絡む。隙間など初めからなかったように、指の間がぎゅうと五条の指で埋まった。

「胸のデカさなんて関係ねぇよ。名前ならなんでもいい」

 弱々しく呟かれる不器用な彼のめいっぱいの告白。この状況も、五条の言葉も、全部嘘などではないと、彼の体温と鼓動が伝えてくれているような気がした。

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