home's_16 | ナノ
happy happening!
むかしむかし、というほど昔でもなく割と最近のおはなし。
ワイミーズハウスというところに、ナナという女の子がおりました。
彼女はハウスで子ども達のお世話をして暮らしていました。そして面倒を見ている子ども達のことを、自分の家族のように愛していました。
ですから、少々無理をしてしまうこともあったのです。

彼女が今いるのは、ハウスの中でもひっそりと存在している秘密の部屋の中。
そこで、マイペースを極める友人達に紅茶を用意しているところでした。

Lだけが指示を飛ばす部屋にはニア、メロ、マットがいて、彼らはそれぞれパズル、チョコかじり、ゲームと自由に過ごしていました。誰一人顔を上げずマイペースに過ごしている傍らに、ナナはかちゃり、と僅かな音を立ててティーセットを置いて回っています。

ニアは膨大な映像データのチェック
メロは対象者の尾行
マットは関係者個人情報の洗い出し

そうLに言いつけられても、手が止まったのはナナ一人だけでした。
あとは誰一人、行動に変化は見られません。

しかし、ご心配には及びません。
こう見えてニア、メロ、マットはそれぞれ優秀で、常にアンテナを張っています。
彼らのやりとりはいつもこんな調子で、なんだかんだと協力体制は整っていたのです。

問題は、ナナの方でした。
Lが当たり前のように出した指示により、彼女の胸の内では、小さくて大きな葛藤が巻き起こっていました。


*


時は数時間前に巻き戻る。

「移動遊園地?楽しそう!」

沸き立つダイニングでナナが話に加わると、シッターも子ども達も大変に喜んだ。

「ナナがいた!」
「そうね…ナナなら」
「?」
「移動遊園地の引率が一人足りなくて、行きたい場所に行けなくなりそうなんだよ!ナナ一緒に来てくれない?」

数名の子ども達にせがまれて、ナナは二つ返事で「行きたい!行く行く!」と答えてしまった。

それがまさか、お化け屋敷へ行く子の引率とは知らずに。

「やったー!これでお化け屋敷に入れる!」
「いえーい!」
「えっお化け屋敷!?」
「そうだよ!……まさかナナ、お化け屋敷無理……?」

正直なところ、まさしく彼女は“お化け屋敷、無理”だった。
しかし途端に窺うような視線になった子ども達をがっかりさせたくなくて、ナナは大いに無理をした。

「ううん!怖いけどみんなと一緒なら大丈夫!」


*


ところが、である。下調べを終えた彼女は額を抑えて思わず呟いた。

「歩いて回るタイプかー…」

アトラクションのように乗り物に乗って移動してくれるなら、子ども達と楽しく回れると思ったのだが、自分の足で歩くタイプとなると、先導をするのはかなり厳しい。

だから、マットに一緒についてきてと頼もうとしていたのだ。彼女が紅茶を振る舞っていた時間の真の目的はそこにあった。なのにまさか、遊園地へ行く日とLの指示が重なるなんて。

Lはニア・メロ・マットを、信用している。決して口には出さないものの、彼らの能力を鑑みて、外部の協力者には出さない内容・量の指示を出す。
その度にマットが打ちひしがれているのをナナは知っている。だから、移動遊園地についてきて欲しいとはとても言えなくなってしまった。


*


「ちょちょちょちょっと待って!」
「ナナ、怖いの?」
「ちょっとだけ、ちょっとだけね!大丈夫!」

子ども達にくすくす笑われながらたどり着いたお化け屋敷の前で、ナナは腰を引きながらそう返していた。
結局、子ども達と手を離さなければ、最悪出口まで引っ張っていってもらうことは可能だろうと信じ、彼女は気合いでここまで来た。
子ども達は初めての移動遊園地に興味津々の大興奮。ナナの“手を離さないで欲しい”などというお願いは、話半分で聞いていた。

「では、次の方々どうぞ……」

無表情の演技をしたスタッフに促されるまま、二人の子と手を繋ぎ、ナナを真ん中にして三人が屋敷の中へ足を踏み入れた。

「ナナ漏らさないでよ?」
「だい、大丈夫よ…」

進んでいる廊下は、蝋燭を模した小さなオレンジの電灯がところどころにぽつんと配置されている以外何も光源がなく、足元まではよく見えない。木の板のような、独特に柔らかい床の上を足音を立てて三人で進む。

「ギシギシ言う…何か出てきそう〜〜」
「ナナ弱い!あはは……」
「あ、あそこに何かある!見て、ナナ…
「ギャアアアアアアア!!!」

ナナの右手を握っていた子が前を指さした途端、何かのセンサーが動きを感知し、右側の壁へ掛けてあった絵画からけたたましい絶叫が発せられた。その叫びにつられるようにして、三人とも大声を出すことになった。

「あーびっくりした!」
「ほんと!」

しかしホラーに興味のある子ども達にとってこれはあくまで楽しいイベントに他ならないらしい。本気で泡を吹いてしまいそうなナナに比べ、二人はきらきらとその目を輝かせている。

「何なに…この先の部屋の出口は一つ。あなたは生きて脱出できるか、だって!ワオ謎解きかな?」
「早く行こう行こう!」
「待って待って…!二人とも手繋いで…!」

興奮する子ども達に今にも腰を抜かしそうなナナが懇願するも、もはやテンションの上がりきった彼らには届かない。

次の部屋へ進むと、そこは不気味なからくり人形が並べられた部屋だった。勝手に鍵盤の動くピアノ、轟く雷の音響。その雷の音に合わせストロボ調に照らされる部屋には、奇妙な顔をした仮面や絵画が山ほど並べられており、ナナはもはや部屋の中を確認する気力もなかった。
ただひたすらに雷の音とともに小さく嗚咽を漏らして縮こまるのみである。

謎解きに夢中になっている子ども達二人が、部屋の簡単なヒントを見破り沢山並べられたドアのうちの一つを探り当てる。

正解のドアを子ども達が開けると、その先にまた廊下が続いているのが見えた。二人は先に足を踏み出し、ナナを振り返る。

「やった!大正解!」
「ナナ、こっち来て!早く早く!」
「ま、待って…!」

おぼつかない足取りと薄目で、ナナがそろりそろりと慎重に足を進めていた時だ。

バタン!!

と大きな音を立てて、子ども達が開けていたドアが急に閉まってしまった。
どうやら一定時間が経つと閉まるようになっていたらしい。
思わぬドアの仕様に、子ども達とナナはドアを隔てる形になってしまった。

「ナナ、こっちから開けられない!わ!あっちからゾンビが来る!」
「ナナ出口で待ち合わせよう!」

出口で待ち合わせよう?

耳を疑う言葉に「えっ?ちょ、ちょっと待って!!」とナナが言うのも間に合わず、子ども達二人がドアの向こうのゾンビから逃げる足音が聞こえてくる。それはやがて、遠ざかって消えてしまった。

「ちょ…、えっ、無理無理!どうしよう……ドア……」

必死の思いで彼らが抜けたドアまで進もうとするものの、大きな雷の音声が再び響き渡る。一瞬室内が照らされた時、ナナはからくり人形の1つとばっちり目を合わせてしまい思わず目を瞑ってしまった。
一度目を瞑ってしまったら、もう瞼を開けることなどできはしない。ナナは反射的に耳を塞ぎその場に立ち尽くした。

この部屋ではところせましとからくりの装置が動いていて、他に人気のない機械的な感じが余計に際立って恐ろしい。

監視カメラでもあって、誰か退出口を教えてくれないか。それとも次のお客さんが入ってきてくれないかしら。こうなるならやっぱり相談すれば良かった……。

そうナナが思った時、頭の中に浮かんだ人物の声が突然後方で響いた。

「ナナ!!」

「……!?」

ナナが振り向くと、そこには息を切らしたマットが立っていた。

「マット!!!」

ナナは思わず手を伸ばす。マットはそれを片手で引いて、もう一方の手で彼女の頭を包み込んだ。それから、焦ったような呆れたような顔をしてお叱りをひとつ。

「怖いなら怖いって言わないと…!」

そんなお叱りを受け止める間もなく、 ナナはマットの身体に両手を回して強く抱きついた。マットはその勢いに少しばかり焦りながら、彼女を受け止め頭をぽんぽんと撫でる。

「マット…本物?」
「本物だよ」
「絶対本物?」
「うん、絶対本物」

胸に顔を埋めたままのナナがこれ以上恐怖せず済むように、今日のところマットは大人しく全肯定してみせる。
大きな温もりに包まれて、ナナは心底落ち着くのを感じた。安堵した途端に張り詰めていた緊張が解れ、彼女の目から大粒の涙が溢れ出す。マットは手首を返してそれを袖先で拭った。

「ほら、行こう?もう大丈夫だから目瞑ってな」

こくこくと頷いたナナは、マットの脇に腕を通し、耳を塞ぎ目を瞑ったまましっかりと彼に続いて歩いた。

ナナはこんなにマットを頼もしいと感じたことはなかったし、
マットも、こんなにナナを守りたいと思ったことがないほどだった。


*

「ナナちゃんごめんね!!」
「本当にごめん…って、あれ?お兄ちゃん、何でいるの?」
「怖いだろ?」
「怖いよ!来る時いなかったじゃん!」
「化けて出ました〜」

そう言ってマットは、先に出ていた子ども達の髪をくしゃくしゃにして笑った。
ばつの悪そうな二人はすぐにナナへ駆け寄って重ねて謝意を述べる。無理をしたナナもまたばつが悪かったので、互いに照れ隠しして笑い合った。


*


さて、無事に帰還したマットとナナの二人がどうなったのか、その後のことを少しお話いたしましょう。

就寝支度を終えたナナは、マットの部屋におやすみの挨拶に来ていました。ベッドの上で何かのパーツを組み立てている彼の横に腰掛けて、彼女は言いました。

「マット、今日はありがとう。Lから頼まれてた件、どうなったの…?」
「もちろんそっこーで終わらせました」

ナナは驚きました。だってマットはいつも、ギリギリまで作業をしなかったし、Lの指示にはよく文句を言っているのです。今日一日で終わるような量にも思えませんでしたから、彼の本気を垣間見たような気持ちになりました。

「それに…何であそこが分かったの?」
「はん?顔に書いてあったからな!」

実のところ、マットはLの指示が出た時にナナが一瞬動きを止めたと気がついていました。
Lの出した大量の指示はナナには直接関係がないのに一体どうしたのかと、マットは指示を受けた日の彼女の予定を確認しました。そして、すぐにどうするべきかが分かったのです。

上目にマットを覗いていたナナは、自分の顔になんて書かれていたのかと慌てて頬を隠します。

それを見たマットは首をかしげて、今度は冗談を言いました。

「俺のこと好きになっちゃった?」
「うん」

しかし、驚いたことにナナがあっさりとその気持ちを認めたので、焦ったのはマットの方でした。

「おい、吊り橋効果でうっかり感情を誤解されてもそれは嬉しくないからな!」
「違うよ!」

ナナは勇気を出してマットの手を掴みます。
マットは困りました。パーツを組み立てているのに。こんな風に触れ合ったら、その手を握って、もう離したくはなくなってしまいます。

「怖くて動けなかった時、マットに来て欲しいって思ってたの。一緒に来てって相談しようと思ってたのも、マットだけだよ」
「……ナナ」
「私、マットのことが好きだよ。来てくれて、どうもありがとう」


ナナに真っ直ぐに見つめられたマットは、付けていたゴーグルがくもるくらい、真っ赤になりました。

彼がずっと秘め続けた自分の気持ちを打ち明けるまで、あと数秒。

この後の二人がどうなるか、それはまだ分からないけれど。

今日のところは、めでたし、めでたし。


happy happening!
PREVTOP

NEXT

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -