ビキニなんて絶対着ない!マット編
絶句していた口から、やっと言葉が這い出てきた。「これは…」
マットから「これ身につけてデートしよう!」とプレゼントをもらって、「勿論!」と返事をしたのは数分前。
「絶対だよ?」「うん!」
「約束だよ?」「?…うん!」
あのだめ押しに気がついて約束は保留にしておくべきだった…
包みを開けて、言葉を失う。
そこにあったのは…ビキニ。
主張しすぎない中に可愛さもあるデザインは好みではあるものの(マットのセンスに少し感心)、こんな、裸体に近い格好を晒すなんて恥ずかしくてできない…!
ビキニなんて、絶対着ない!
絶対着られない!のです!!
しかもあの女好き…ビーチでキョロキョロする姿も目に浮かんで、ますます一緒に歩く自信がない。
私はデート前夜にして、何の心構えもできないまま悩み倒していた。
そして自分でも信じられないことに、悩み倒して悩み倒して、そのまま何の結論も出さずに寝てしまったのだ。
目覚めた時の絶望と言ったら!
*
いよいよこの時が来てしまった。
約束は約束。私はちゃんと、プレゼントのビキニを着用した。
勇気を出してマットの隣に並ぶ。偉い、褒めたい。
「ナナ…いつ脱ぐの、これ!」
偉くて褒められべき私の横で、マットが不機嫌に引っ張るのはロングパーカー。
日焼け防止になる上お尻の方までカバーできる有能アイテム!
考えた人、ありがとう。
発明家って偉大だとワタリのことを思い出す。
「そんなの着てたら暑いよ?」
「暑くないよ!」
「昨日の約束はあああ!?」
「だから、着てるじゃん!約束は果たした!」
「強引!」
「昨日のマットこそ強引!」
二人でキーキー言いながら歩く。
スースーする身体に最初は気が気ではなかったけれど、マットと小競り合いしながら歩くビーチは楽しい。熱い砂に眩しい日差し、目にも耳にも夏を運んでくる波が開放的。少しリラックスしてきた。
マットが人目にほとんどつかない場所へ案内してくれた。さながらプライベートビーチ。
二人で腰を下ろして、波に足をつけ遊ぶ。
「波がひいていく時の、足下の砂の感じって、いつ来ても不思議な感じ」
しみじみ私が呟くと、
「変な感覚になるよなー」
とマットが答える。
「なるなる」
私が頷くと、マットがずいっと距離を縮めてくる。
「ナナ、変な感覚になった?じゃあ、ちょっとこれ脱いでみようか…」
パーカーのチャックに伸びてくるど変態の手。
「ちょっ何やってんのよ!」
慌てて海水をかけたら、顔に命中してしまった。…ゴメンナサイ。
「しょっぱ!!」
「変態!」
「認める!」
「認めるじゃないってば!」
一瞬反省したものの懲りないマットに再度海水をかける。息をあげながら攻防戦を繰り広げるうちに、二人ともびしょびしょになってしまった。
ぐっしょり水分を含んだパーカーも、肌に張り付いておかしな感じによれている。
「せっかくビーチに来たのになぁ〜」
マットの痛恨の声に、私はあることに気が付いた。
「そういえば今日はキョロキョロもしてないね!」
「そだよ。俺はナナの水着姿が見たいんだから。他の女見てる暇なんてないのだ。あ…俺によそ見させない為の作戦?」
「作戦なわけないでしょ」
「作戦じゃなくてもこのままじゃ俺の夏の思い出はこのパーカーで埋め尽くされる!」
「何をくだらないことを…」
私は呆れてつい笑ってしまう。
「まぁ…でも確かに…せっかくプレゼントしてくれたしなぁ」
恥ずかしいけれど、パーカーを脱ごうか悩む。人もほとんどいないし、濡れたパーカーに砂が張り付いてしまい少し気持ち悪い。
こう迷いが出てしまうと、私はもう天才君の口車に乗るしかない。
「大体ビキニより大胆な格好、いつも見せてくれてるじゃん。」
「いつもではない!」
マットの手が伸びてきてチャックにかかる。
中に着ているのは下着ではないのにとってもとっても恥ずかしい。
だけどもう抵抗するのもおかしいような気がする。ドキドキしてうまく反応できない。
私はいつもマットにされるように、大人しく身を任せて黙ってしまった。
「お。ナナ、観念した?」
「…作戦?」
「…作戦」
マットがセクシーに笑う。
どこで罠にハマってしまったのか。
肌に張り付いていたパーカーが肩から降ろされると、私はビーチの端っこで、この夏一番の熱を感じたのだった。
*end*